「借りパク」という言葉は日常的に耳にすることがありますが、実際にどのような行為を指し、法的にはどのように扱われるのかをご存じでしょうか。借りパクとは、他人から借りた物を返さずに自分の所有物のように扱ってしまう行為を意味します。
軽い冗談や俗語として使われる場面もありますが、場合によっては刑事罰の対象となる可能性があるため、注意が必要です。とはいえ、借りパク行為を刑事事件として立件するのは容易ではありません。
占有離脱物横領罪や詐欺罪、単純横領罪といった犯罪が成立する可能性はありますが、そのためには「返す意思がなかった」「不正に処分した」などの事実を証拠によって立証する必要があります。
さらに、借りパクは人と人との間の貸し借りで発生することが多く、警察も民事不介入の原則から動きにくいのが実情です。そのため、被害にあった場合は証拠をそろえて返還を求める、内容証明郵便で請求する、弁護士を通じて交渉するなど、民事的なアプローチが有効になります。
本記事では、借りパクの定義や成立し得る犯罪、刑事罰に問うことの難しさ、そして実際に被害に遭った場合の具体的な対処法まで、わかりやすく解説します。
借りパクの定義とは
借りパクとは、他人から借りた物を返さずに自分の物にしてしまうことを指します。借りパクを行う心理としてさまざまなことが考えられますが、犯罪となってしまう可能性もあるため注意しなければいけません。
まずは、借りパクの定義とは何か?について詳しく解説しますので、ぜひ参考にしてください。
他人から借りた物であること
借りパクは、前提として「他人から借りた物」であることが前提です。そもそも借りパクの言葉の由来は「借りた物」と「パクる(盗む)」の言葉を使用した造語です。つまり、借りパクの前提として「他人から借りた物」であることが定義の一つです。
借りた物を返さずに自分の物にすること
他人から借りた物をパクる(盗む)ことを指します。借りパクする人の心理として、さまざまな可能性が考えられます。意図的に盗もうと考えて行動する人もいますし、返すのを忘れていてそのままにしてしまう人もいます。
いずれにせよ、他人から借りた物を自分の物にしてしまうことをいわゆる「借りパク」と呼ぶことを前提として覚えておいてください。
借りパクで罪に問われる可能性
借りパクは、主に以下の罪に問われる可能性があります。
- 占有離脱物横領罪
- 詐欺罪
- 単純横領罪
ただし、現実的に借りパク行為で罪に問うのは難しいと思っておいたほうが良いでしょう。次に、借りパクによって成立する犯罪やなぜ罪に問うことが難しいのか?について詳しく解説します。
占有離脱物横領罪に該当する可能性がある
借りパクは、刑法犯の占有離脱物横領罪が成立する可能性があります。占有離脱物横領罪の成立要件は、以下のとおりです。
- 他人の所有物であること
- 拾得したこともしくは誤って手に入れたこと
- 自分の物にしてしまうこと
つまり、他人の物を拾ったり誤って手に入れてしまい、その物を自分の物として不正に利用・処分することを指します。通常は、たとえば人が落とした物を自分の物にしてしまった場合に成立する犯罪です。
つまり、一般的に借りパクによって占有離脱物横領罪が成立する可能性は低いです。たとえば、「借りた」という状況ではなく、「友人宅に遊びに行った際に誤って物を持って帰ってしまった」という状況であれば、占有離脱物横領罪が成立し得ます。
もちろん、「誤って持って帰った」だけでは成立せず、あくまでも自分の物にした場合に成立する犯罪です。占有離脱物横領罪の法定刑は、「1年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金、科料」です。
科料とは金銭納付を命じる刑事罰の一つであり、内容は罰金刑と同じです。罰金刑と科料の違いは金額です。科料は1,000円以上1万円未満を差し、罰金は1万円以上の金銭納付を命じる刑事罰を指します。
借りた当時に返す意思がなかった場合は詐欺罪が成立
借りた当時に返す意思がなかった場合は、刑法犯の詐欺罪が成立します。詐欺罪が成立するためには、以下4つの要件を満たしている必要があります。
- 欺罔行為
- 錯誤
- 交付行為
- 財産の移転
初めからその物を詐取する目的で借りパクした場合は、上記4要件を満たす可能性が高いです。
たとえば、本当は借りパクして借りた物を売ろうと考えていたとしましょう。それにもかかわらず、友人に対して「これ借りて良い?」と言い、借りた場合です。この時点で一つ目の「欺罔」が成立しています。
欺罔行為は、相手を騙そうとする意思を指すため、本当は返すつもりがないのに「貸して欲しい」と伝える行為で成立すると考えられます。二つ目の錯誤は、相手方があなたの言葉を信じているかどうかです。
たとえば、純粋に「これを貸して欲しいんだな」と認識して、その物をかしたとしましょう。この時点で、錯誤が完成します。
そして実際に交付行為(ものの貸し出し)が発生し、詐取した時点で交付行為や財産の移転が成立するため詐欺罪が成立します。詐欺罪の法定刑は「10年以下の拘禁刑」であり、罰金刑の定めがありません。非常に厳しい犯罪であるため、くれぐれも注意しましょう。
ただし、実際に詐欺罪で立件するのは難しいでしょう。なぜなら、詐欺罪が成立するためには、初めから騙す意思があったことを証明しなければいけないためです。友人同士の貸し借りであれば、「返す意思がなかった」「騙す意思があった」ということを証明しなければいけず、ハードルが高いです。
勝手に売却・処分した場合は単純横領罪が成立
借りた物を勝手に売却したり処分したりした場合は、単純横領罪が成立する可能性があります。単純横領罪の成立要件は、他人から借りたものや預かったものを不正に自分のものとして、売却したり処分したりした場合に成立します。つまり、「借りた物を返さない」という状況であれば、単純横領罪は成立しません。
たとえば、物を借りている側の者が「借りた物はまだ持っているけど、使っているから貸しておいて欲しい」といった場合、単純横領罪を証明することが難しいです。単純横領罪が成立するためには、売却や処分していることが条件であるためです。
そのため、借りパク行為の場合は単純横領罪に問うことも難しいと思っておいたほうが良いでしょう。何らかの罪に問うためには、「証拠」を集めなければいけません。なお、単純横領罪の法定刑は「5年以下の拘禁刑」です。
事案によっては民事訴訟の対象にもなる
借りパクは民事として扱われるケースも多いです。人対人での貸し借りであるため、民事として扱われる可能性が高いです。もちろん、刑法犯として立件できれば、当然刑事罰の対象にもなります。
民事訴訟の場合は、貸した物の返還請求や弁償、物を返還してもらえなかったことによる損害が発生した場合は、損害賠償請求も可能です。民事と刑事は別であるため、刑事罰に問えない場合でも民事での請求を検討しても良いでしょう。
【結論】罪に問うのは難しい
結論として、借りパクで刑事罰に問うのは相当難しいと考えておいたほうが良いでしょう。借りパク行為は、何らかの犯罪が成立する可能性は高いです。しかし、犯罪が成立していることを証明することが困難です。
たとえば、横領罪であれば横領していることを証明できなければ、刑事罰の対象にはなりません。仮に、「壊してしまった」と言われれば、借りた側にどのような意思があったにせよ、横領を証明することが困難になります。詐欺罪であれば、相手を騙す行為があったことを証明しなければいけません。
そもそも、物の貸し借りは「使用賃借」や「賃貸借」、金銭であれば「消費賃借」となります。これらはいずれも民事として扱われるため、そもそも刑事罰に問うのが困難であると思っておいたほうが良いでしょう。
借りパクによる被害を防止するためには、たとえ親しい間柄であっても貸し借りを避けることを検討したほうが良いです。
借りパクされたときの対処法は
借りパクされたときの対処法として検討すべきは、以下のとおりです。
- 証拠を揃えて返還を求める
- 内容証明郵便で正式に請求する
- 被害届・告訴を検討
次に、借りパクされたときの対処法について解説しますので、ぜひ参考にしてください。
証拠をそろえて返還を求める
まず検討すべきは、証拠を揃えて貸した物の返還を求めましょう。借りパクされている状況であるということは、返還を求めても「借りていない」や「返したはずだ」などと言われている状況でしょう。
そのため、貸した証拠や返してもらっていない証拠、あるいは返したという証拠を提示してもらうことが大切です。証拠がなければ、民事上の賠償責任を追及しても認められる可能性は低いです。
また、借りパクによる刑事罰を与えたい場合であっても、証拠がなければ叶いません。些細なことであっても良いので、とにかく証拠を集めておくことがとても大切です。
たとえば、LINEでのやり取りや書面を残している場合は、書面の提示等些細な物でも良いです。そのうえで弁護士へ相談をしてみるのもひとつの手段でしょう。
内容証明郵便で正式に請求する
内容証明郵便は、郵便物を送付する際の特別な送達方法です。誰が誰にいつ、どのような内容の郵便を送ったのか?といった証明をできる書面です。
今後、民事裁判や刑事裁判に発展した場合、「書面で返還を求めた」という事実が証拠として扱われます。結果的に、裁判が有利に働く可能性もあるためかならず、内容証明郵便で郵送をするようにしましょう。
弁護士を通じて返還請求や損害賠償を行う
弁護士を通して返還請求や損害賠償を行ってみても良いです。多くの人は、弁護士から通知が届いた時点で「只事じゃない」と思うでしょう。もし、貸した物をまだ持っているのであれば、すぐに返還してくれる可能性が高いです。
もし、売却や処分してしまっていた場合でも、弁償して変換してくれたり、金銭による弁済を行ってくれるでしょう。まずは、弁護士への相談を検討してみましょう。
被害届・告訴も検討
刑事罰の対象となり得る場合は、被害届や告訴の検討も行いましょう。
本記事で解説しているとおり、借りパクは刑事罰になり得ます。ただし、直ちに罪に問うことは難しく、犯罪としての証拠がなければいけません。そのため、刑事罰を問うためにはどうすれば良いのか?について、初めに警察等へ相談をしてみても良いでしょう。
横領罪であれば、横領の証拠。詐欺罪であれば、詐欺の証拠を自分自身で発見しておかなければいけません。ただし、証拠があったとしても、必ずしも刑事罰の処分対象となるわけではありません。
基本的には民事不介入
警察は民事に介入しません。そのため、基本的に人対人の物の貸し借りについて関与することはありません。事件性があれば当然捜査をしたり、犯人を特定して逮捕したりしますが、「貸した物が返ってこない」という状況のみである場合は、警察は動けないため覚えておきましょう。
事件性の有無については、個別事案ごとに判断されるため一概には判断されません。警察でも状況がはっきりとわからなければ、動けないため、刑事で動いて欲しい場合は可能な限りの証拠を集めておくようにしましょう。
借りパクの犯罪性に関するよくある質問
借りパクの犯罪性に関するよくある質問を紹介します。
Q.借りパクは窃盗罪にならないのですか?
A.借りパクは窃盗罪になりません。
窃盗罪は、他人の所有物を窃取することによって成立する犯罪です。借りパクは、貸し借りの延長線上で起こる行為であり、人の物を盗んでいるわけではありません。
パクる(盗む)という言葉が使われているものの、実際には窃盗罪が成立しないため覚えておきましょう。
Q.何年経っても返さない場合はどうなりますか?
A.どうにもなりません。
「貸してから数年経っても返ってこない」という状況だけでは何もおきません。たとえば、「〇〇〇〇年◯月◯日までに返還する」といった約束をしていたにもかかわらず、変換していなかった場合は、法的な返還請求を求めることができます。
一方で、上記のような約束をしていなかった場合は、貸してから年月が経っていたとしても、とくにできることはありません。まずは「返してほしい」と相手方に伝えたうえで、返ってこない場合は、その他の方法を検討すれば良いでしょう。
Q.借りた側が「返すつもりだった」と言えば罪にならないのですか?
A.相手に返すつもりがあった場合は、罪に問うことは難しいでしょう。
犯罪として成立するためには「故意」が必要です。そのため、たとえば「元々返すつもりだった」という状況であれば、詐欺罪は成立しません。
また、返すつもりであったものの、何らかの事情で借りた物を処分したり売却したりした場合は、横領罪も成立しないものと考えられます。たとえば、「借りたことを忘れていて、自分の物と思って処分・売却した」という状況であれば、犯罪として成立させることは難しいでしょう。
Q.借りパクされた物が壊れていた場合はどうなりますか?
A.弁償を求めることができます。
「借りパクした物が壊れていた」という状況は、「貸した物を壊された」とも言い換えられます。貸した物が壊されていたのであれば、当然に弁償を求めることが可能です。
ただ、相手方から「元々壊れていた」などと言われる可能性もゼロではありません。そのように言われた場合の対応方法についてもあらかじめ検討しておくべきでしょう。
Q.借りパク加害者に示談を持ちかけられたらどうすべきですか?
A.示談に応じる・応じないは、あなた次第です。
示談は、加害者側と被害者側で行われる交渉です。お互いに納得できた場合は、示談に応じて金銭等を受け取れば良いでしょう。
なお、本記事で解説しているとおり、借りパクで刑事罰に問うことはとても難しいです。そのため、金銭による解決を提案されたのであれば、応じたほうが良いでしょう。示談の適正な金額等に悩まれている場合は、弁護士への相談を検討してみても良いです。
まとめ
借りパクは、身近な人間関係の中で起こりやすい行為でありながら、刑事事件として立件するのは非常に難しいという特徴があります。占有離脱物横領罪や詐欺罪、単純横領罪などが成立する可能性はありますが、それぞれ成立には高いハードルがあります。
「初めから返す意思がなかった」「不正に処分した」などの事実を証明しなければいけません。そのため、多くの場合は刑事事件ではなく民事トラブルとして扱われます。被害を受けた場合は、まず貸した事実や返還されていない事実を裏付ける証拠を集め、返還を求めることが重要です。LINEやメールのやり取り、契約書や領収書など、些細なものでも証拠として役立ちます。
そのうえで、内容証明郵便による正式請求や、弁護士を通じた返還請求・損害賠償請求を検討しましょう。刑事罰を求める場合は、被害届や告訴の提出も可能ですが、事件性が認められない限り警察は動きません。
結局のところ、借りパクを防ぐ最も有効な手段は、安易に物を貸さないことです。親しい間柄であってもルールや返却期限を明確にし、証拠を残すことが、自分の財産を守る第一歩となります。