堕胎罪とは、胎児を人為的に母体から排出し死亡させる行為を処罰する犯罪です。中絶という言葉は一般的に広く使われていますが、法律上の「堕胎」とは、刑法で定められた違法な中絶行為を指します。
刑法212条から216条までに規定されており、胎児の生命を保護することを目的としています。堕胎罪には「自己堕胎罪」「同意堕胎罪」「不同意堕胎罪」「業務上堕胎罪」など複数の形態があり、行為者や同意の有無によって刑の重さが変わります。
一方で、「母体保護法」に基づく人工妊娠中絶は、特定の条件を満たす場合に限って合法とされています。これは、母体の健康や生命を守るための医療行為として認められており、堕胎罪には該当しません。つまり、「堕胎罪」と「人工妊娠中絶」は似て非なるものであり、法律上は明確に区別されています。
しかし近年では、SNSや通販サイトなどで中絶薬が手軽に入手できるようになり、医師の管理を受けずに自己中絶を試みるケースも増加しています。これらは刑法上の堕胎罪に該当する可能性が高く、母体にも深刻な危険を伴います。
本記事では、堕胎罪の定義や種類、成立要件、刑罰、そして人工妊娠中絶との違いについて、法律の専門的な視点からわかりやすく解説します。
目次
堕胎罪とは
堕胎罪とは、人為的に胎児を母体から分離・排出した場合に成立する犯罪です。堕胎罪には「自己堕胎罪」「同意堕胎罪」「不同意堕胎罪」などの罪があります。まずは、堕胎罪とはどういった犯罪なのか?について詳しく解説します。
人為的に胎児を母体から分離・排出する罪
堕胎罪とは、胎児を人為的な方法で母体から排出し、死亡させる行為を処罰する犯罪です。刑法では第212条から第216条までに規定されており、胎児の生命を保護することを目的としています。つまり、堕胎罪は「妊娠中の胎児を意図的に殺す」行為を対象としており、自然流産や医師による正当な医療行為は含まれません。
具体的には、本人が自ら堕胎する「自己堕胎罪」、医師など他人が同意を得て行う「同意堕胎罪」、同意を得ずに行う「不同意堕胎罪」などがあります。行為者や手段によって刑の重さが異なります。とくに、母体の同意なしに強制的に行う堕胎は、胎児だけでなく女性の身体の安全をも脅かす行為として、重い刑罰が科されることになるため注意しましょう。
「堕胎」という言葉の法律上の意味
一般的に「堕胎」というと「中絶」とほぼ同じ意味で使われますが、法律上の堕胎は「犯罪としての堕胎」を意味します。つまり、医師の判断や法律に基づかない中絶行為は堕胎罪として処罰の対象になるということです。
一方で、「母体保護法」に基づく人工妊娠中絶は例外的に認められており、これは堕胎罪に該当しません。母体保護法第14条では、経済的・身体的理由など一定の条件を満たし、指定医師の手術によって行われる中絶を合法としています。
堕胎罪と合法的な人工中絶の違いは、「法律に基づいて行われているかどうか」「母体保護法の手続を経ているかどうか」にあります。したがって、たとえ妊婦本人の希望であっても、許可を受けていない医師や資格を持たない者が中絶を行った場合には、刑法上の堕胎罪が成立する可能性があるため注意しましょう。
保護法益(胎児の生命保護)について
堕胎罪の目的は、胎児の生命を保護することにあります。胎児は生まれていないため「人」とはみなされませんが、将来誕生する生命として法的に保護されます。そのため、堕胎罪は「母体の自己決定権よりも胎児の生命を優先する」性質を持つ犯罪です。
ただし、現代社会では、女性の身体的・精神的・社会的な事情を考慮し、堕胎罪の運用には慎重さが求められています。とくに、母体保護法によって一定条件下での中絶が認められている背景には、母体の安全や尊厳を守るという目的もあります。
堕胎罪の種類と違い
堕胎罪は、胎児の生命を人為的に絶つ行為を処罰するもので、刑法では複数の形態で規定されています。行為者が「母体本人」か「医師などの第三者」か、また「母体の同意」があるかどうかによって罪名と刑罰が異なります。
ここでは、以下5つの類型について、それぞれの内容と違いを解説します。
- 自己堕胎罪
- 同意堕胎罪
- 不同意堕胎罪
- 業務上堕胎罪
- 業務上不同意堕胎罪
それぞれ詳しく解説します。
なお、堕胎罪はいずれも拘禁刑の規定があります。拘禁刑については以下を参考にしてください。
拘禁刑とは、2025年6月より始まった新しい刑罰です。これまでは、刑務作業が義務付けられている懲役刑、刑務作業が義務付けられていない禁錮刑の刑罰がありました。拘禁刑はこれらの刑罰が一本化された新しい罰です。拘禁刑は、刑務作業が義務付けられておらず、受刑者それぞれに合ったプログラムが実施されます。
自己堕胎罪(刑法212条)
自己堕胎罪は、妊婦本人が自らの意思で胎児を堕胎した場合に成立します。刑法212条では「妊婦が自己の身体を傷つけて堕胎したときは、1年以下の拘禁刑に処する」と定められています。
たとえば、市販薬を大量に服用して流産を引き起こした場合などに成立する犯罪です。本人の身体を危険にさらす行為であるため、胎児の生命だけでなく母体保護の観点からも処罰の対象とされています。
同意堕胎罪(刑法213条)
同意堕胎罪は、妊婦の同意を得て第三者が堕胎行為を行った場合に成立します。法定刑は「3年以下の拘禁刑」です。医師や助産師などが本人の同意を得て堕胎を行った場合が典型です。
ただし、母体保護法に基づく適法な人工妊娠中絶(医師が法律上の要件を満たして行うもの)は処罰されません。そのため、違法性の有無は「母体保護法の要件を満たしているか」が重要な判断基準になります。
業務上堕胎罪(刑法214条)
業務上堕胎罪は、医師や助産師などが業務として堕胎を行った場合に適用されます。法定刑は「3カ月以上5年以下の拘禁刑」です。たとえば、医師が母体保護法の要件を満たさないにもかかわらず中絶手術を行った場合などがこれにあたります。専門知識を持つ立場にある者の違法行為として、一般の同意堕胎罪より重い処罰が科されます。
不同意堕胎罪(刑法215条)
不同意堕胎罪は、妊婦の同意を得ずに堕胎を行った場合に成立します。法定刑は「6カ月以上7年以下の拘禁刑」となっており、同意堕胎罪よりも重い刑が定められています。
この罪は、妊婦の身体的自由・自己決定権を侵害する点で悪質性が高いとされます。暴行や脅迫を用いて堕胎させた場合はもちろん、医師が同意を得ずに手術を行った場合なども該当します。
業務上不同意堕胎罪(刑法216条)
業務上不同意堕胎罪は、医師などが妊婦の同意なしに堕胎を行った場合に成立し、法定刑は傷害の罪と比較して、重い刑によって処罰されます。なお、傷害罪の法定刑は「15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」です。
堕胎罪の中でも最も重い刑罰が科される可能性のある犯罪であり、胎児の生命と母体の尊厳の双方を著しく侵害するものとされています。暴行・脅迫などを伴う場合は、さらに傷害罪や暴行罪が併合されるケースもあります。
堕胎罪が成立する要件
堕胎罪は、単に「中絶をした・させた」というだけで自動的に成立するわけではありません。刑法上の犯罪として成立するためには、以下のとおりいくつかの明確な要件を満たす必要があります。
- 妊娠の事実が存在すること
- 胎児が母体内にいる段階での行為であること
- 「堕胎させる意図」が認められること
- 実際に流産・死産などの結果が発生していること
これらの要件を満たさない場合、堕胎罪として処罰されないこともあります。次に、堕胎罪の成立要件について詳しく解説します。
妊娠の事実が存在すること
堕胎罪が成立するための大前提は、実際に妊娠していることです。つまり、胎児が母体内に存在していなければ堕胎罪は成立しません。妊娠していない状態で流産薬を服用したり、人工妊娠中絶のような行為を試みたりしても、結果的に胎児が存在しなければ犯罪は成立しません。なお、妊娠の事実を立証するには、医師の診断や検査記録などの医学的証拠が重視されます。
胎児が母体内にいる段階での行為であること
堕胎罪は、胎児が母体内にいる段階で行われた行為を対象としています。すでに胎児が母体外に出て(たとえば分娩後などに)死亡させた場合は、堕胎罪ではなく「殺人罪」や「傷害致死罪」などに問われるでしょう。
刑法上の「胎児」とは、一般的に母体外で独立して生存できる以前の段階を指します。そのため、出産直前の段階であっても、母体外に出ていない限りは堕胎罪の対象になります。
「堕胎させる意図」が認められること
堕胎罪は故意犯であるため、胎児を母体から排出させる意図(堕胎の意思)がなければ成立しません。たとえば、医療行為中の過失により流産してしまった場合や、事故によって胎児が死亡した場合などには堕胎罪は成立しません。
これらはあくまで「過失」であり、胎児を故意に排出させる意思がなかったと判断されるためです。一方で、薬剤投与や器具の挿入など、胎児の排出を目的とした行為であれば、たとえ失敗して結果が生じなかったとしても「堕胎未遂罪」として処罰される可能性があります。
実際に流産・死産などの結果が発生していること
堕胎罪が成立するためには、胎児が母体から排出されたという結果が実際に発生している必要があります。つまり、単に堕胎を試みた段階では未遂罪にとどまり、胎児が死亡または母体外に排出された場合に初めて既遂となります。
ここでいう結果とは、胎児が生存の可能性をもって母体外に出る前に死亡した状態です。たとえば、妊婦自身が薬を服用したものの流産に至らなかった場合は自己堕胎未遂罪となりますが、実際に流産した場合は自己堕胎罪が成立します。
堕胎罪と人工妊娠中絶の違い
「堕胎」と「中絶」は日常会話では同じ意味で使われることが多いですが、法律上はまったく異なる意味を持ちます。堕胎罪は刑法で定められた違法な中絶行為を指すのに対し、人工妊娠中絶は母体保護法に基づく合法な医療行為です。
つまり、同じ「胎児を母体から排出する行為」であっても、適法か違法かは手続き・目的・実施者によって大きく変わるのです。次に、それぞれの違いや注意点を具体的に解説します。
母体保護法による合法な中絶
現在の日本では、母体保護法第14条に基づき、一定の条件を満たす場合に限って人工妊娠中絶が認められています。この法律の目的は「母体の生命と健康を守ること」であり、以下のようなケースで合法的に中絶を行うことができます。
- 妊娠の継続・出産が母体の健康に重大な影響を及ぼすおそれがある場合
- 経済的理由により、妊娠の継続が母体の健康を著しく害するおそれがある場合
また、この中絶を行えるのは母体保護法指定医師に限られています。つまり、医師資格を持たない者が行った場合や、指定を受けていない医師が実施した場合は、たとえ本人の同意があっても刑法上の「堕胎罪」に該当します。
適法な中絶と違法な堕胎を分ける最大のポイントは、「法に基づいた医師の行為であるかどうか」という点です。
「配偶者の同意」が必要とされる理由
母体保護法第14条では、原則として配偶者(夫)の同意を得なければ人工妊娠中絶を行うことができません。これは、胎児が夫婦の間に生まれる生命であることから、父親となる男性にも一定の関与を認める趣旨に基づいています。
ただし、夫が行方不明、暴行による妊娠など特別な事情がある場合には、母体保護法によって例外的に母親本人の同意のみで中絶が可能です。
中絶が違法になるケース(刑法上の堕胎に該当)
人工妊娠中絶であっても、条件を満たしていなければ刑法上の堕胎罪に該当します。たとえば以下のような場合が代表的です。
- 母体保護法指定医以外の医師が中絶を行った
- 配偶者の同意を得ずに中絶した
- 経済的理由や健康上の理由が認められないにもかかわらず中絶した
- 金銭目的で中絶を請け負った
このような場合、医師であっても「業務上堕胎罪」に問われる可能性があります。実際、過去には資格のない者が薬剤を販売して中絶を試み、堕胎罪で逮捕された事例も報道されています。合法な中絶を行うには、かならず医療機関で適切な診断と手続きを踏む必要があります。
医師の過失や不正中絶が問題になる事例
堕胎罪は「故意」が原則ですが、医師の過失や不正行為があった場合も刑事責任が問われることがあります。たとえば、母体保護法上の要件を満たさないまま中絶を行ったり、妊婦への説明を怠ったりした場合には、刑事責任や行政処分の対象となることがあります。
また、SNSや通販サイトなどで入手した「中絶薬」を使用して流産した場合も、自己堕胎罪として処罰される可能性があります。中絶薬の自己使用は、医師の管理下にない限り極めて危険であり、母体の生命にも関わるリスクがあります。
自己堕胎罪の刑罰と事例
自己堕胎罪とは、妊娠している女性本人が自ら胎児を流産させる行為を処罰する犯罪です。人工妊娠中絶という行為自体は母体保護法により一定条件下で合法化されていますが、医師の管理下にない自己判断による中絶は、重大な犯罪行為として扱われます。
とくに近年は、SNSやインターネット上で「自己中絶薬」や「海外製の中絶ピル」が手軽に購入できるようになり、自己堕胎罪が問題となるケースが増加しています。次に、自己堕胎罪の刑罰の内容や、実際に処罰された事例、そして薬物を使った中絶行為の危険性について詳しく解説します。
拘禁刑の上限と量刑の傾向
刑法212条では、自己堕胎罪の刑罰を「1年以下の拘禁刑」と定めています。刑罰の上限が比較的軽いように見えるかもしれませんが、堕胎行為は生命に関わる重大な行為であり、母体にも大きな危険を伴います。
量刑は、堕胎に至った経緯や行為の態様によって異なりますが、故意が明確である場合は執行猶予付きの拘禁刑が科される傾向にあります。とくに、自己判断で中絶薬を服用した結果、母体が重篤な状態になったり、死亡に至った場合は、業務上過失致死傷罪など他の罪と併合して重く処罰される可能性があります。
刑事処分だけでなく、社会的な信用や家族関係にも深刻な影響を及ぼす点にも注意が必要です。
執行猶予とは、直ちに刑罰の執行をせずに一定期間猶予することを指します。たとえば、1年の拘禁刑に3年間の執行猶予がついた場合、直ちに刑務所へ収監するのではなく、社会に戻して更生を目指します。執行猶予期間中に罰金刑以上の刑罰が下されなければ、猶予されている拘禁刑が執行されることはありません。
自己判断で中絶を試みた場合(薬物・器具の使用など)
自己堕胎罪が成立する典型例として多いのが、薬物や器具を用いた自己中絶行為です。たとえば、インターネット通販やSNSなどで入手した「中絶薬」や「子宮収縮剤」を自己判断で使用した場合、結果的に流産・死産に至れば、自己堕胎罪に該当します。
また、薬剤を使用していなくても、腹部を圧迫する、異物を挿入するなどの方法で胎児を母体から排出させようとした場合も、同罪の構成要件を満たします。これらの行為は、胎児に対する違法行為であるだけでなく、母体へのダメージも極めて大きく、感染症・大量出血・子宮破裂など命に関わるリスクを伴います。
「誰にも知られたくない」「病院に行けない」といった理由で自己判断に走るケースもありますが、結果的に母体も胎児も危険に晒されるという悲しい結果を招くことが多いのが現実です。
SNSで拡散された「自己中絶薬」の危険性
近年、SNS上では「海外製の中絶薬を個人輸入すれば安全に中絶できる」などという誤情報が広がっています。しかし、医師の管理下にない中絶薬の使用は極めて危険であり、法的にも明確に違法です。
たとえ実際に薬剤を使用して流産に至らなかった場合でも「堕胎の目的で薬を服用した」時点で自己堕胎罪の未遂罪が成立する可能性があります。また、薬の成分や用量が不明確であることが多く、服用後に重篤な副作用や子宮出血を起こす事例が多数報告されています。
さらに、「薬を代わりに送った」「服用を勧めた」といった行為を行った第三者も、同意堕胎罪の共犯として処罰されるおそれがあります。自己中絶薬の入手・使用は、法的にも医学的にも極めてリスクが高く、決して安易に試みてはいけない行為です。
他人による堕胎の刑事責任
妊婦本人以外が堕胎行為を行った場合も、刑法上は重い刑罰が科されます。とくに「本人の同意があるかどうか」によって罪名が異なり、暴力や薬物などの手段によって妊娠を中絶させた場合は、傷害罪や殺人罪にも発展するケースがあります。
次に、他人が堕胎に関与した場合に問われる主な刑事責任を解説します。
同意堕胎罪と不同意堕胎罪の違い
妊婦の同意を得て堕胎させた者を「同意堕胎罪」として処罰します。法定刑は「3カ月以上5年以下の拘禁刑」です。たとえ本人の希望があっても、医師でない者が人工的に中絶を行えば犯罪となります。
一方、妊婦の同意なく堕胎させた場合は「不同意堕胎罪」にあたり、法定刑は「6カ月以上7年以下の懲役」です。本人の意思を無視して行うため、より重い罪が規定されています。つまり「同意があっても違法、同意がなければさらに重罪」ということを覚えておきましょう。
暴力・薬物などを用いた堕胎行為の処罰
堕胎の手段として、殴る・蹴るといった暴力行為や薬物の投与を用いた場合は、堕胎罪に加えて傷害罪や傷害致死罪が成立する可能性もあります。たとえば、交際相手が「産ませたくない」という理由で腹部を殴り、流産に至った場合、不同意堕胎罪に加え傷害罪が適用される可能性があります。薬物を飲ませて流産させた場合も同様に、堕胎行為+薬物投与による犯罪として重く処罰されます。
医師や助産師などの業務者が関与した場合
医師や助産師など医療従事者が、母体保護法の要件を満たさずに中絶を行った場合は「業務上堕胎罪」が成立します。法定刑は「6カ月以上7年以下の拘禁刑」です。医療資格を持っていても、適法な理由がないまま中絶を行えば、違法行為となります。
過去には、無許可のクリニックで不正中絶を繰り返し行っていた医師が逮捕・有罪となった事例もあります。医療従事者は社会的責任が重いため、処分や医師免許の取消しにもつながります。
業務上堕胎罪の実務的な扱い
医師や助産師など、医療従事者が関与する堕胎は「業務上堕胎罪」として刑法で規定されています。医療従事者は専門知識と資格を持つため、一般人よりも高度な責任が求められます。
次に、業務上堕胎罪の法的責任や母体保護法との境界線、判例をもとにした実務上の扱いについて解説します。
医師免許を持つ者に課される特別法上の責任
業務上堕胎罪は、医師や助産師といった「職業的地位」を利用して堕胎を行った場合に成立します。医療資格を持つ者は、医療行為の適法性や安全性に関する特別な責任を負うため、無資格者よりも刑事責任は重くなる傾向にあります。
たとえ本人の同意があっても、母体保護法の要件を満たさない中絶を行えば、刑事処分の対象となります。また、医療従事者は刑事罰に加え、行政処分や医師免許の取消しなど、社会的制裁も受ける可能性があります。
母体保護法に基づく中絶との境界線
母体保護法に基づく人工妊娠中絶は、一定の条件を満たせば合法です。具体的には、妊娠22週未満であり、母体の健康や生活状況などに基づいて医師が判断した場合が対象となります。
母体保護法の要件を満たしていない中絶行為は、医師であっても刑法上の違法行為とされます。医師は、妊娠週数や母体の健康状態、配偶者の同意などを適切に確認する義務があるため、法律違反のリスクを軽視できません。
堕胎罪に問われた場合の弁護・対処法
堕胎罪で刑事手続きが開始された場合、被疑者や関係者は迅速かつ適切な対応が求められます。弁護の早期着手や法的判断、示談や医師会対応など、状況に応じた対処法を理解しておくことが重要です。次に、堕胎罪に問われた場合の弁護・対処法について詳しく解説します。
弁護士に相談すべきタイミング
堕胎罪の疑いがかかった場合、できるだけ早い段階で弁護士に相談することが重要です。早期相談によって、取調べへの対応方法や証拠の確認、保護者や同意者との関係整理など、後の刑事手続きで有利に働く準備ができます。
違法性の有無(母体保護法適用など)の検討
弁護においては、まず行為が刑法上違法とされるかどうかの検討が重要です。母体保護法の条件を満たす中絶か、妊娠週数や母体の健康状況に応じた適法性、配偶者の同意や妊婦本人の同意の有無などを確認する必要があります。これらを詳細に確認することで、刑事責任の有無や量刑の軽減可能性を判断できます。
示談や医師会対応が求められるケース
医師や助産師など、業務上堕胎罪に関与した場合は、示談や医師会への報告・調整が必要です。示談による被害者との合意で刑事処分を軽減、医師会内部での処分や指導を受け、再発防止策を講じるなどの適切な対応を取ることで、刑事手続きだけでなく社会的制裁の軽減にもつながります。
よくある質問
堕胎罪に関するよくある質問を紹介します。
Q.自分で中絶薬を使った場合は堕胎罪になりますか?
A.堕胎罪が成立します。
堕胎をする目的で自ら中絶やくを使用し、結果として堕胎させた場合は堕胎罪が成立します。何らかの理由で中絶をする必要がある場合は、法令に従って行う必要があるため注意しましょう。
Q.妊娠初期なら堕胎罪に問われないのですか?
A.法律によって認められた方法でなければ、堕胎罪に問われます。
日本国内では、人工妊娠中絶が認められています。人工妊娠中絶が可能な時期は初期から中期(21週6日目)までです。この期間を過ぎた場合は中絶が認められていません。
また、上記期間内であっても法律で認められていない方法による堕胎行為は、堕胎罪に問われるため注意しましょう。
Q.医師に頼んで中絶したら堕胎罪になることはありますか?
A.堕胎罪が成立するケースもあります。
本記事で何度も解説しているとおり、堕胎罪が認められるのは人工妊娠中絶のみです。そのため、その他の方法によって医師が堕胎行為を行った場合は、業務上堕胎罪や同意堕胎罪等が成立し得るでしょう。
Q.妊婦の同意なしに中絶させた場合の刑罰は何ですか?
A.6カ月以上7年以下の拘禁刑です。
妊婦の同意なしに堕胎させる行為は、不同意堕胎罪が成立します。この場合の法定刑は「6カ月以上7年以下の拘禁刑」であり、罰金刑等の規定はありません。比較的厳しい刑罰が下されるため注意しましょう。
Q.現在の日本で実際に堕胎罪で逮捕されることはありますか?
A.あり得ます。
堕胎罪は刑法犯であるため、罪を犯した疑いがある場合は逮捕される可能性があります。ただし、必ずしも逮捕されるとは限りません。
そもそも、逮捕という行為は「罪を犯した疑いがあること」「逃亡もしくは証拠隠滅の恐れがあること」が条件です。そのため、これらの条件を満たせていない場合は、堕胎罪が成立しても逮捕されることはありません。
なお、逮捕されなかったとしても、起訴されて有罪判決が下される可能性は十分にあるため注意しましょう。逮捕されないというのは、あくまでも身柄拘束を回避できるというだけです。
まとめ
堕胎罪とは、胎児を人為的に母体から排出させ死亡させる行為を処罰するもので、刑法212条から216条までに規定されています。自己堕胎罪、同意堕胎罪、不同意堕胎罪、業務上堕胎罪など、行為者や状況によって罪名や刑罰が異なります。いずれの形態であっても、胎児の生命を守ることを目的とした厳しい犯罪である点に変わりはありません。
一方で、母体保護法に基づく人工妊娠中絶は、医師が法律上の条件を満たして行う場合に限り、例外的に認められています。経済的理由や健康上の理由で中絶を余儀なくされる場合もありますが、かならず母体保護法指定医師のもとで適法な手続きを経る必要があります。
医師資格を持たない者や、指定を受けていない医師が中絶を行った場合は、同意があっても刑法上の堕胎罪に問われます。また、SNSやインターネット上で販売されている「中絶薬」を使用して自ら中絶を試みる行為も、自己堕胎罪にあたるおそれがあります。薬の成分や服用量が不明確であることから、母体へのリスクも極めて高く、命を落とす危険すらあります。
堕胎罪は単に「中絶をした・させた」という行為だけでなく、母体の同意の有無や実施者、手続きの適法性など、複数の要件で判断されます。意図せず犯罪に問われることを防ぐためにも、「堕胎罪と人工妊娠中絶の違い」を正しく理解し、妊娠・出産に関する問題は必ず医師や法律の専門家に相談することが大切です。