正当防衛とは、自分の身体・生命等が危険に晒されているとき、守る目的でやむを得ずに行った行為を処罰しないというものです。そのため、たとえば人を殺したり傷つけたりしても正当防衛が認められれば処罰されません。
しかし、「どこまでが正当防衛なのか?」と不安や疑問を抱えている人は多いでしょう。
そこで今回は、正当防衛の成立要件や過去の判例から見るボーダーラインについて詳しく解説します。正当防衛について詳しく知りたい人は、ぜひ参考にしてください。
正当防衛が成立するための4つの要件
正当防衛とは、刑法によって以下の通り定義されています。
(正当防衛)
第三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。引用元:刑法|第36条
つまり、以下4つの要件を満たした場合に限って、正当防衛が認められます。
- 急迫不正の侵害
- 防衛の意思
- 防衛の必要性
- 防衛行為の正当性
上記条件を満たすことなく相手にケガなどを負わせてしまった場合は、過剰防衛もしくはその他の犯罪行為に抵触してしまうため注意しなければいけません。まずは、正当防衛が認められる4つの要件の詳細について詳しく解説します。
1.急迫不正の侵害
急迫不正の侵害とは、「他人の不正行為(犯罪行為や違法行為)によって自分の身体もしくは財産が侵害されそうなときもしくは、侵害されているとき」を指します。
たとえば、他人が自分の家に押し入り、自宅内に置いてある財産等を持ち去ろうとした場合、もしくは持ち去った場合が急迫不正の侵害に該当します。他にも、暴行を加えられそうになったもしくは、実際に暴行されたという場合も急迫不正の侵害です。
つまり、自分自身の身体もしくは財産に対し、不法行為が行われそうなときもしくは行われた場合は「急迫不正の侵害」として認められます。
急迫不正の侵害が認められた時点で、正当防衛を行う1つめの要件を満たします。しかし、1つの要件を満たしたからといって、直ちに正当防衛が認められるわけではありません。あくまでも、この後に解説するすべての要件を満たす必要があります。
2.防衛の意思
防衛の意思とは「自分の身体や生命もしくは自分の財産を守ろう」という意思です。防衛の意思がなければ、正当防衛は認められません。
たとえば、「家の中に侵入してきた者が自分の財産を持って逃げようとしたため、押し倒して不正だ」この場合、自分の財産を守ることを目的として、相手に暴行を加えています。よって、要件2の防衛の意思は認められます。
また、「家の中に侵入してきたものが自分の財産を持って逃げようとした」時点で、要件1である「急迫不正の侵害」も認められるでしょう。そのため、この時点で正当防衛の要件1および2を満たしていると考えられます。
では、少しパターンを変えてみてみましょう。
たとえば、「目の前の相手に突然殴られたため、腹が立って殴り返した」というケースです。この場合、要件1の急迫不正の侵害は認められます。しかし、「腹が立ってやり返した」の時点で防衛の意思はないため、正当防衛は成立しません。
このように「自分の身体や生命や自分の財産を守ろう」という意思がなければ、正当防衛は認められないため、十分に注意しなければいけません。
3.防衛の必要性
正当防衛が認められるためには、防衛の必要性がなければいけません。防衛の必要性とは、その言葉の通りで「防衛をする必要がある状態」を指します。
たとえば、「家の中に侵入してきた者が自分の財産を持って逃げようとした」場合、自分の財産を守るために正当な防衛をすることは防衛の必要性に該当します。
ここまでを1度整理すると、「家の中に侵入してきて財産を奪う行為」は要件1の急迫不正の侵害に該当します。そして、持ち去られそうになっている自分の財産を守る意思を持っている場合は、要件2の防衛の意思も認められるでしょう。
そして、実際に持って逃げられそうになっているため、財産を守る目的で防衛行為を行った場合、要件3に該当します。そのため、上記例の場合はこの時点で正当防衛が認められます。
では、以下のようなケースで見てみましょう。
「家の中に侵入してきた者が、家主の帰宅に気付いて何も取らずに逃げようとした場合」この場合、まず家の中に侵入して財産を奪おうとしている時点で要件1を満たします。
しかし、「何も取らずに逃げようとしている」ため、防衛の意思を持つことはできません。さらに、防衛の正当性も認められないため、当該犯人に対して何らかの危害を加えることはできず、加えてしまった場合は犯罪行為として処罰もしくは過剰防衛になり得ます。
とはいえ、実際に自宅内に入られている時点で犯罪は成立しているため、中には「そのまま取り逃すことはできない」と考える人もいるでしょう。そういった場合は、私人逮捕が成立します。
私人逮捕とは現行犯もしくは準現行犯で行われた犯罪に対して、私人が逮捕できる行為です。そのため、犯罪行為がある時点で私人逮捕は可能です。ただし、犯人に暴行を加えたり無理やり取り押さえたりする行為は認められていません。
仮に、現実で「家の中に侵入してきた者が、家主の帰宅に気付いて何も取らずに逃げようとした場合」のような状況が発生した場合、身の安全を守るために素直に逃すのが得策です。無理に私人逮捕をしようとすると、危害を加えられる可能性があるため注意してください。
4.防衛行為に正当性があること
防衛行為の正当性とは、簡単に言えば過剰な防衛方法になっていないかどうかです。たとえば、「家の中に侵入してきた者が自分の財産を持って逃げようとした」という例で見てみましょう。
上記相手を取り押さえて財産を奪い返したが、結果的に相手に傷害を負わせてしまったような場合は、必要最小限の防衛行為であり正当性は認められます。
しかし、上記相手に対して包丁を取り出し、何度も刺して殺してしまった場合、当然ながらやりすぎであり防衛行為の正当性は認められません。よって、傷害致死や殺人罪に問われ、過剰防衛によって罪が軽減される可能性があるでしょう。
他にも、男女間のトラブルで体の小さい女性が男性に対して暴行を加えたとしましょう。一方の男性は大柄で圧倒的に力が強かった場合、女性に対して暴行を加えてしまうと防衛行為の正当性は認められにくいでしょう。
このように、正当防衛では防衛行為の正当性として「必要最小限の行為」でなければいけないと定めています。
正当防衛が認められない場合
もし、自分が行った行為が正当防衛と認められなかった場合は、犯罪行為として処罰されてしまう可能性があります。ただし、過剰防衛として認められる場合は、その刑罰を減刑することができます。
正当防衛を一言で表すと「自分の身体や生命もしくは自分の財産を守る行為」ですが、法律によって明確な基準が設けられているため注意しなければいけません。法律では、先ほど解説した通り「急迫不正の侵害」「防衛の意思」「防衛の必要性」「防衛の正当性」が認められる必要があります。
そのため、上記の判断ができないままで「正当防衛だから問題ない」と解釈してしまい、結果的に処罰対象となってしまうケースが多々あるため注意しなければいけません。
たとえば、ケンカをしている者同士で「先に手を出されたから、やり返しても正当防衛が成立する」と勘違いをしている人がいます。しかし、この状況は正当防衛には該当しません。やりすぎてしまった場合は、当然に傷害罪等の犯罪が成立するでしょう。
次に、正当防衛の解釈を誤ってしまった場合に起こり得るリスクについて解説します。
犯罪行為として処罰される
正当防衛が認められなかった場合、行った行為が犯罪行為として処罰される可能性があります。
たとえば、「居酒屋で他のお客さまに絡まれたため、鬱陶しく思い殴ってしまった」場合、当然に暴行罪や傷害罪が成立し得ます。中には、「絡んできた相手が悪い」「このままだとこちら側が殴られそうだった」と感じるかもしれません。
しかし、相手を殴る正当な理由がないため正当防衛としては認められず、「相手を殴った」という事実だけが残ります。この場合は、相手方に非はないため、殴ってしまったあなた側が処罰されます。
また、上記環境下では防衛を行う必要がないため、過剰防衛も認められません。よって、行った行為(殴った事実)に対して処罰される可能性があります。
過剰防衛として刑罰を受ける(減刑対象)
正当防衛として行った行為が過剰防衛となる可能性もあるため、注意しなければいけません。過剰防衛とは、正当防衛として認められる範囲を超えてしまう行為です。簡単に言えば、やりすぎた場合は過剰防衛になるということです。
たとえば、自宅内に忍び込み(家主が寝ているタイミングを狙った窃盗)に合い、その場で目を覚ましてしまったとしましょう。窃盗犯は、家主に気付かれてしまったため、そのときまでに手に入れていた財産を持って逃げようとしました。
このとき、家主は窃盗犯を捕まえて財産を取り返しただけではなく、何度も殴って傷害を負わせてしまったとします。この場合、過剰防衛になる可能性があります。
なぜなら、「財産を取り返す」ことのみで正当な防衛行為は完了しています。それにもかかわらず、さらに窃盗犯に対して暴行を加える行為は「正当な範囲を超えている」と判断されるでしょう。
しかし、過剰防衛の基準は非常に難しく、もしかすると「捕まえた犯人が抵抗をしてきたため、自分の身を守るためにやり返した」という事情があるかもしれません。この場合は、正当防衛が認められるでしょう。
つまり、「正当な防衛範囲を超えてやりすぎてしまった場合は、過剰防衛になり得る」と考えておけば良いです。万が一、過剰防衛と判断された場合は、刑事罰で処罰されることになります。
ただ、刑法36条2項では以下の通り明記されています。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
引用元:刑法|第36条
要するに、過剰防衛と認められる場合は、その系を軽減したり免除したりできるということです。実際、急迫不正の侵害が行われているときに「ここまでなら正当防衛である」などと冷静に判断できる人は少ないです。
とくに自分の身体に危害を加えられそうになっていれば、多少無理をしてしまうのも当然でしょう。そのため、ある程度は許容されているということです。とはいえ、やりすぎには十分注意してください。
【判例】正当防衛が認められた事例と過剰防衛となった事例
これまで、正当防衛の成立要件や正当防衛が認められなかった場合の処罰について解説してきました。しかし、正当防衛の成立要件は法律知識のない人からすると、非常に曖昧です。また、実際に急迫不正の侵害にあっているときに冷静な判断をするのは難しいでしょう。
そのため、ひとつの基準・知識として、過去に実際に発生した事件を元に「どこまでが正当防衛なのか?」「どこからが過剰防衛なのか?」について知っておいても良いでしょう。
次に、正当防衛によって無罪判決となった事例、正当防衛を主張したが認められなかった事例、過剰防衛が認められた事例をそれぞれ解説します。
事例1:正当防衛が認められ「傷害罪」が無罪となった事例
判決:無罪
事件番号:平成30年 198号概要:被害者に対して背後からハンマーで頭部を数回殴打し、全治2週間の傷害を負わせた事件。しかし、本事件が発生する前に被害者から殴る・蹴るなどの暴行を加えられており、自分自身の生命・身体を守るための行為であり、正当防衛ないし過剰防を主張。参考:裁判例
上記事件は被告人が被害者に対して背後からハンマーで頭部を殴打し、全治2週間の傷害を負わせた事例です。当該状況のみを見ると当然に傷害罪が発生し得ます。しかし、今回本事件で正当防衛が認められ、無罪判決となった大きな要因は以下の通りです。
- 暴行が行われる前に被害者が被告人に対して、殴る・蹴るなどの暴行を行っていた
- 本事件前から金銭トラブルにより、被害者から被告人に対して暴行を加えることが何度もあった
- 事件当日も被害者からの暴行があり、「今日は許さない」「ぼこぼこにする」などの発言もあったため、反撃しなければ自分の生命が危険に晒されると判断
まず、「背後からハンマーで一方的に殴打した」という事実のみを見ると、被告人に対する傷害罪が適用されるのは当然です。
しかし、日頃から暴行を受けており、事件当日は「今日は許さない」「ぼこぼこにする」といった発言が攻撃の意思と判断されました。そのため、正当防衛の成立要件1である不正急迫の侵害が認められます。
また、被告人が普段から暴行を受けており、上記発言に対する防衛の意思があったことが認められます。よって、要件2の防衛の意思も認められる形となりました。
次に、ハンマーによる防衛をする必要性についてですが、普段から受けていた暴行が傷害まで至らないものの、あざなどがあり、相当なものであったと認められました。さらに、被害者と被告人の体格差は非常に大きく、武器を使用せずに反撃は不可能と判断。
ましてや、ハンマーは鋭利な刃物と比較して武器としての性能は劣り、過剰な防衛とまでは言えません。よって、要件3・4の防衛の必要性および正当性も認められました。
上記の判例から見てわかるように、これまでの背景事情や事件が発生するまでの言動等が、被告人に対してどのような影響を与えたのか?という部分がとても重要です。
事例2:正当防衛が認められ「傷害致死」が無罪となった事例
判決:無罪概要:
うつ伏せに倒れた弟の首の後ろを手で押さえ、顔面や背中を押し付けて窒息死させた事件。被害者は統合失調症による被害妄想があり、被告人に対して暴行を加えたり「物を盗まれた」などの発言を繰り返し行っていた背景があった。本事件発生時も「物を盗まれた」と発言、被告人に対して殴りかかり、取っ組み合いになる形でうつ伏せになった被害者を上から押し付けて死亡させてしまった事例です。本事件は、事件の内容から正当防衛が認められ、無罪判決となりました。参考:裁判例
本事件は、同居していた弟を死亡させてしまった事件です。暴れる弟を抑える形で上から押さえかかり、結果的に死亡させてしまった事件であり、正当防衛が認められるか否かが争点となりました。
- 本事件で正当防衛として認められた要因は以下のとおりです。
- 被害者が被告人に対して行った暴行は相当なものであったことが認められる
- 馬乗りになった後も被害者は抵抗を繰り返していたため、押さえ込んでおく必要があった
- 過去に何度も暴行を繰り返されていた
まず、本事件はあくまでも「傷害致死事件」であることに注意しなければいけません。傷害致死とは、傷害の結果、死に至らしめてしまった場合に適用されます。
本事件は、あくまでも「暴れる弟を取り押さえようとした」という結果のもと、死亡させてしまった事件です。そのため、取り押さえていた行為の正当性を判断しなければいけません。
この前提を元に考えると、病気で被害妄想を繰り返し、日頃から暴行を繰り返していたという事実がありました。そして、事件当時も被害者がうつ伏せになったところを被告人が馬乗りになり、取り押さえるような形を取りました。
上記行為は、自分の身体や生命を守るために認められる行為です。そして「必要以上に取り押さえていたか否か」については、過去の経験や取り押さえた後も抵抗を繰り返していたことを考慮すると、本事件の内容が必要以上であったとは言えません。よって、正当防衛が認められる形となりました。
「誰かを取り押さえる」という行為は、たまに見かけることがあります。たとえば、痴漢を行った犯人が逃げたため、捕まえて取り押さえた。という事例もあるでしょう。
上記の場合は、正当防衛が認められないため、注意しなければいけません。なぜなら、自分自身の生命や身体に何ら影響がないためです。正当防衛や過剰防衛が認められるためには、自分の生命や身体、財産を守る行為でなければいけません。
中には、正義感で痴漢犯を追いかけて取り押さえる人もいますが、傷害罪や傷害致死罪になる可能性もあるため注意しなければいけません。
事例3:正当防衛が認められず「殺人未遂」で処罰された事例
判決:懲役7年
事件番号:平成28年(わ)第625号概要:
隣人関係にある被告人と被害者が騒音トラブルをきっかけに、殺人未遂事件まで発展した事例です。金属バットを持って頭を取り押さえてきた被害者に対して、殺意を持って包丁で腹部を刺した事件であり、自分の生命・身体を守ろうとした正当防衛であると主張。参考:裁判例
本事件で正当防衛が認められず、殺人未遂事件として処罰された理由は以下のとおりです。
- 被害者の傷の状態やその場の状況から見て、殺意があったことが認められる
- 事件当時「金属バットをもった被害者から身を守るための行為」とされていたが、実際に被害者は金属バットを持ってはいなかった
本事件は殺人未遂事件として処罰された事例です。被告人は当初、「隣人とトラブルになっている相手が、金属バットを持って押しかけてきたため、包丁で抵抗したため正当防衛が成立する」と主張していました。
また、殺意はなく相手に抵抗する過程で刺さってしまったとも主張。よって、殺意を否定したものです。
しかし、医師の被害者の証言、傷口の状態から意識的に腹部を刺したものであることが認められました。さらに、日頃から料理等で使用する包丁であり、切れ味を認識していたこと、十分に殺害能力があったことなどから殺意を認定。
そして、「金属バットを持っていた」と主張したことに対して、現場へ急強行した救急隊の証言や現場の状況、被害者の証言から「持っていなかった」と認定。よって、正当防衛は認められず、当然に殺人未遂罪に該当する形となりました。
被告人は被害者から「頭を抑えられた」という証言があり、これは事実と認定されました。しかし、この行為に対して包丁で抵抗した行為は、正当防衛としては認められません。手を払うなり押しのけるなりなどの対応が十分に考えられるためです。
本事件は、そもそも正当防衛でもなければ、過剰防衛でもない事件です。被告人側が正当防衛による無罪を主張したものですが、事件の態様等から正当防衛および過剰防衛が一切認められませんでした。
事例4:過剰防衛が認められ「殺人罪」で処罰された事例
判決:懲役3年6カ月概要:
婚姻関係にあった被害者(夫)と被告人(妻)。被害者は被告人に対して日頃から暴行を加えており、過去には助骨を折る傷害を追わされていた。また、過去の経歴をバラすなどの脅迫などの行為があった。事件当日は被害者と共に行ったラーメン店にてラーメンのスープをかけられるという暴行を加えられ、さらに土下座をするよう強要された。その後、被害者から「前みたいにボコボコにしてやる」と言われたため、防衛の意思を持って被害者の首を電気コードで絞めて殺害した事件。参考:裁判例
本事件は、日常的に暴行を加えられていた夫を殺害した事件です。事件当日も土下座を強要させられたり、ラーメンのスープをかけられたりなどの暴行を加えられていました。さらに、「前みたいにボコボコにしてやる」といった発言がありました。
過去には、助骨折られるほどの暴行を加えられた経験があり、本事件までの状況を考慮すると、正当防衛が認められるのが当然です。
しかし、本事件はあくまでも「過剰防衛」しか認められず、刑の減刑はされたものの実刑判決となりました。その主な理由は以下のとおりです。
- 被害者が動かなくなったあともネクタイで首を絞め続けた
- 遺族の処罰感情が厳しいこと
本事件で正当防衛ではなく過剰防衛と判断された大きな理由は、「明確な殺意を持って殺害している点」です。
本事件は、当初「防衛の意思を持って電気コードで首を絞めた」のが概要です。その後、被害者が動けなくなったにも関わらず、被告人はその場を逃げることもせず、さらにネクタイを使用して明確な殺意を持って首を絞めて殺害しました。
自分の身を守ることのみが目的なのであれば、被害者が動かなくなった時点でその場を離れる等の行動をとるべきでした。
もちろん、「逃げても生きている以上は、どこかで捕まるかもしれない」「次会ったら何をされるかわからない」等の不安を感じていたことでしょう。とはいえ、明確な殺意を持って殺害をした以上、正当防衛とは認められず過剰防衛による減刑に留まります。
状況を考えれば正当な範囲を超えており、いわば「やりすぎ(過剰防衛)」であると判断されてしまいます。
正当防衛に関するよくある質問
正当防衛に関するよくある質問を紹介します。
Q.忍込みに合いました。相手に暴行を加えた場合は正当防衛になりますか?
A.具体的な状況によって、正当防衛が認められるケース・認められないケースがあります。
忍び込みとは、住人がいるとき(就寝中等)に部屋に入って窃盗を行う行為です。そのため、窃盗行為を行っている最中に気付くケースもあります。このとき、中には「犯人を取り押さえよう」と考える人がいるかもしれません。
正当防衛は、自分の生命や身体、財産を侵害されそうな場合に認められるため、「取り押さえる行為」自体は認められるでしょう。また、取り押さえた結果、犯人にケガを負わせてしまった場合であっても、正当防衛は認められます。
しかし、「住人に気付かれた犯人が何も取らずに逃げようとため、近くにあった棒で殴って取り押さえた」という場合は、過剰防衛もしくは暴行罪・傷害罪が適用されるでしょう。
なぜなら、「何も取らずに逃げようとしている」時点で正当防衛の必要性が認められません。そのため、暴行を加えてしまうと、正当防衛の成立要件を満たせないため注意しなければいけません。
Q.ケンカをした相手がケガをしました。正当防衛になりますか?
A.正当防衛は認められず、傷害罪として処罰されます。
正当防衛は「自分の生命・身体・財産を守ることを目的」でなければいけません。そのため、たとえ相手が先に暴行を加えてきたとしても状況次第では暴行罪や傷害罪になり得ます。
たとえば、路上で知らない相手に絡まれて小突かれたとしましょう。そこであなたが必要以上に暴行を加え、ケガをさせてしまった場合は傷害罪になり得ます。なぜなら、知らない相手に小突かれただけで自分の生命・身体・財産に影響を及ぼす可能性は低いためです。
仮に、危機を感じて「このままでは危ない」と考えたにしても、まず先に考えなければいけないのは「どうすれば逃げられるだろうか?」です。「やられたからやり返した」は正当防衛にはなり得ません。
もし、逃げるルートがなければ、相手を押しのけて逃げることを考えるしかありません。しかし、たとえば目の前に相手が立ち塞がり、何を言っても何をしても逃げられない状態にいたとしましょう。
どうすることもできず、「相手に対して暴行を加えて逃げるしかない」という状況が認められる場合は、正当防衛が認められます。
Q.ひったくりに合ったため、相手を追いかけて取り返しました。その時相手がケガした場合、犯罪になりますか?
A.犯罪になりません。
前提として、ひったくりは窃盗犯です。そのため、自分の財産を取り返すために行った行為の結果、犯人にケガを負わせてしまったとしても、当然罪に問われることはありません。
Q.犯罪者を取り押さえた際にケガをさせてしまった場合、正当防衛は認められますか?
A.正当防衛は認められません。
正当防衛は「自分の生命・身体・財産を守るための行う」でなければいけません。そのため、犯罪者を取り押さえてケガをさせた行為は正当防衛でも過剰防衛でもなく、逮捕行為です。
実は、私人(一般人)でも逮捕権が認められるケースがあります。これを私人逮捕と言います。そして、逮捕を行う際は一定の実力行使が許容されているため、正当防衛ではないものの違法性はありません。
たとえば、痴漢被害にあった女性が「痴漢です!」と大きな声を出したことにより、周囲の人が加害者を取り押さえたとしましょう。取り押さえた結果、加害者にケガを負わせてしまった場合、正当防衛は成立しません。
しかし、逮捕行為の結果であるため傷害罪に問われることもありません。ただし、やりすぎてしまった場合は、傷害罪等になる可能性があるため注意してください。
たとえば、無抵抗の相手を取り押さえたり、必要以上に拘束したりする行為です。私人逮捕の定義を誤って過剰な対応を取ると、取り押さえた側も処罰されるため注意しなければいけません。
Q.知らない人に襲われた場合、どの程度の行為までは正当防衛が認められますか?
A.難しい問題ですが「必要最小限までの行為」としか言えません。
正当防衛は、やりすぎてしまうと過剰防衛になってしまいます。そのため、必要最小限の範囲で行うしかありません。
たとえば、格闘技を習っている女性が体格の小さい男性に襲われたとしましょう。少し押しのけて逃げることができたにも関わらず、あえて殴る蹴るの暴行を加えてケガをさせてしまった場合、傷害罪等になる可能性があります。
他にも、たとえば護身用としてナイフを持っている女性(例です。銃刀法違反になるためやめてください)が襲われたとしましょう。このとき、殺意を持って首を切りつけた場合、過剰防衛になり得ます。
しかし、致命傷とはなりにくくあなたを取り押さえている腕を刺した場合、正当防衛として認められる可能性が高いです。このように、必要最小限の範囲内であれば正当防衛が認められます。
まとめ
今回は、正当防衛について解説しました。
正当防衛とは、その言葉の通り「正当な防衛」が行われた場合に限って、行った行為について罪に問われないというものです。
自分の身を守る行為であれば、基本的には正当防衛として認められます。しかし、やりすぎてしまったり、正当防衛をうまく利用して相手を傷つけたりする行為は、過剰防衛やその他犯罪行為に抵触するため注意しなければいけません。
いざ、犯罪行為に巻き込まれた際「どこまでが正当防衛なんだろう?これはやりすぎ?」などと考える余裕はありません。本当に身の危険が迫っているときは、正当防衛の有無を考えずに「自分の身を守ること」を最優先に考えてください。