承諾殺人罪とは、被害者本人の明確な同意を得て行われる殺人行為に対して成立する、刑法上の犯罪です。刑法第202条に規定されており、一般の殺人罪よりも刑が軽くなる一方で、生命を奪う行為であることに変わりはなく、社会的には重大な犯罪として扱われます。
承諾殺人罪は、単に「被害者が死を望んだから許される」というものではありません。自由意思に基づく承諾であるか、加害者がその意思を尊重して行ったかといった点で慎重に判断されます。
諾殺人罪と自殺幇助罪や自殺教唆罪との違いも明確で、加害者自身が直接殺害行為を行ったかどうかが判断の分かれ目です。さらに、尊厳死や安楽死とは法的性質が異なり、日本では医師による安楽死は基本的に合法化されていません。
この記事では、承諾殺人罪の定義、成立要件、一般の殺人罪との違い、刑罰や量刑の傾向、承諾の有効性の判断ポイントなど、法律上重要な情報をわかりやすく解説します。
目次
承諾殺人罪とは
承諾殺人罪とは、被害者本人の同意を得て、その生命を奪った場合に成立する殺人罪の一種です。刑法第202条に規定されており、通常の殺人罪よりも刑が軽くなる特例的な犯罪として扱われます。まずは、承諾殺人とは何か?について詳しく解説します。
承諾を得て行う殺人
承諾殺人罪が成立するのは、被害者が自らの死を望み、その承諾を得た上で加害者が殺害行為を行った場合です。たとえば、重い病気で苦しむ人が「もう楽にしてほしい」と頼み、それを受けて他人が命を絶った場合などです。
ただし、本人が承諾していても「他人の生命を奪う」という行為そのものが社会的に重大なため、完全な免責にはなりません。そのため、承諾殺人罪として刑罰が科されるのです。
「本人の承諾」がある場合の特例としての位置づけ
刑法202条では、以下のとおり定められています。
人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、六月以上七年以下の拘禁刑に処する。
引用元:刑法|第202条
つまり、本人の同意があることで、通常の殺人罪(死刑または無期、もしくは5年以上の拘禁刑)に比べて大幅に軽い刑罰が適用されるのです。この点からも、承諾殺人罪は「本人の意思を一定程度尊重する余地を持つ特例」と位置づけられています。
ただし、承諾があったとしてもその内容が曖昧だったり、精神的に追い詰められたりした状態での同意であった場合には、有効な承諾とは認められない可能性があるため注意しましょう。
保護法益(人の生命の尊重)と承諾の関係
刑法が殺人を処罰する目的は「人の生命の尊重」です。この価値はとても高く、たとえ本人が「死にたい」と望んでも、その生命を他人が奪うことは社会的に許されないというのが法の基本的立場です。
そのため、承諾殺人罪は「本人の意思を考慮しつつも、生命の保護を最優先する」というバランスの上に成り立っています。つまり、「本人の承諾=殺して良い理由」にはならず、承諾があったとしても刑事責任を免れることはできません。
一般の殺人罪との基本的な違い
承諾殺人罪と通常の殺人罪の最も大きな違いは、「被害者の意思」が考慮されるかどうかです。
| 殺人罪 | 承諾殺人罪 | |
|---|---|---|
| 被害者の承諾 | なし | あり |
| 法定刑 | 死刑または無期もしくは5年以上の拘禁刑 | 6カ月以上7年以下の拘禁刑 |
| 犯罪の性質 | 生命に対する攻撃的行為 | 本人の意思に基づく行為 |
このように、承諾があっても刑罰が軽くなるにすぎず、無罪になるわけではないという点が重要です。また、裁判では「承諾が本当に自由意思に基づくものだったのか」「加害者がその意思を尊重して行動したのか」といった点が慎重に判断されます。
承諾殺人罪の成立要件
承諾殺人罪は、被害者の同意を得て殺害した場合に適用される特例的な殺人罪ですが、どんな場合でも「承諾がある=成立する」わけではありません。具体的には、以下の要件を満たしている必要があります。
- 被害者の明確な承諾が存在
- 承諾が有効であること
- 加害者の故意があること
- 実際に人が死亡している結果が生じている
次に、承諾殺人の成立要件について詳しく解説します。
被害者の明確な承諾が存在すること
まず前提として必要なのが、被害者が自らの死を望み、それに対して明確な承諾をしていることです。「死んでもいい」「どうにでもして」といった曖昧な発言では足りず、死の結果を具体的に理解したうえで、殺害行為を明確に承諾していることが求められます。
また、単なる「自殺のほうがいい」という気持ちの表れや、感情的な発言では「承諾」として認められません。裁判では、被害者の言動やメモ、録音データ、証人供述などから「本当に死を望んでいたのか」が慎重に判断されます。
承諾が有効であること(自由意思・判断能力)
被害者の承諾があっても、その承諾が自由な意思や正常な判断に基づかない場合は、承諾殺人罪は成立しません。たとえば、次のようなケースでは「承諾」が無効とされる可能性があります。
- 加害者に強要・心理的圧力を受けていた場合
- 被害者がうつ病や精神疾患などで正常な判断能力を欠いていた場合
- 一時的な絶望や混乱の中での発言にとどまる場合
このように、法的には「自由で合理的な判断に基づく承諾」であることが求められます。つまり、本人の意思が尊重されるのは、その意思が健全である場合に限られるということです。
加害者の故意(殺意)があること
承諾殺人罪も、殺人罪の一種です。したがって、加害者に「殺そう」という故意(殺意)が存在することが成立要件になります。たとえば、被害者の望みに応えるつもりで薬を大量に飲ませたが、死ぬとは思わなかった場合などは、「殺意がなかった」として過失致死罪が問題となることもあります。
逆に、殺す意図をもって行った場合には、承諾の有無にかかわらず殺人罪または承諾殺人罪が成立します。このように、「被害者の承諾」「加害者の殺意」「死の結果」がそろって初めて成立する犯罪です。
実際に人の死亡という結果が生じていること
承諾殺人罪は結果犯です。そのため、殺害行為を行っても被害者が死亡しなかった場合は、未遂罪(承諾殺人未遂)として処罰されます。
また、承諾があっても「殺害行為」が明確でない場合、たとえば単に自殺を手助けしただけなら、自殺教唆罪や自殺幇助罪が適用される可能性があります。つまり、被害者の死という結果が現実に発生していることが、承諾殺人罪成立の最終的な条件となるのです。
殺人罪との違い
承諾殺人罪と殺人罪は、どちらも「人を殺す行為」を処罰する犯罪です。しかし、被害者の承諾があるかどうかという点で性質が大きく異なります。
次に、両者の違いを以下の観点から詳しく解説します。
- 刑罰
- 社会的評価
- 動機や状況
- 実務上の扱い
それぞれ詳しくみていきましょう。
法定刑の違い
それぞれの法定刑は、以下のとおりです。
- 殺人罪(刑法199条):死刑または無期もしくは5年以上の拘禁刑
- 承諾殺人罪(刑法202条):6カ月以上7年以下の拘禁刑
このように、承諾殺人罪は殺人罪よりも大幅に軽い刑が定められています。なぜなら、被害者が自らの死を望み、加害者がそれに応じたという事情を考慮しているためです。
ただし、軽いといっても実際に人の命を奪う重大犯罪であることに変わりはありません。裁判でも執行猶予が付くことは極めてまれで、実刑判決が下されるケースが大半です。
執行猶予とは、刑罰の執行を一定期間猶予することを指します。たとえば、拘禁刑1年執行猶予5年の判決が言い渡された場合は、直ちに刑務所に収監されるわけではなく、5年間形の執行を猶予し、社会生活を送ります。社会生活を送る中で、執行猶予期間中に罰金刑以上の刑罰が言い渡されなければ、刑が執行されることはありません。
承諾の有無による社会的評価の違い
承諾殺人罪では、被害者の承諾があるため、加害者の行為に一定の同情の余地があると評価されます。たとえば、重い病気に苦しむ家族の願いを受け入れたケースや、心中事件などが典型例です。
一方で、殺人罪の場合は被害者の意思に反して命を奪うため、社会的非難が強くなります。このように、承諾の有無が行為の倫理的・社会的評価を大きく左右する点が特徴です。ただし、承諾殺人罪でも「弱い立場の者を心理的に追い詰めたうえでの承諾」など、事実上の強要に近い場合は厳しく処罰される傾向にあります。
動機・状況による区別
承諾殺人罪と殺人罪を区別するうえでは、動機や状況の違いも重要です。たとえば、次のような事例が考えられます。
【承諾殺人罪に該当する例】
- 末期がん患者が苦痛の軽減を望み、介護する家族がその意思に応じた場合
- 恋人同士が心中を約束し、一方だけが生き残った場合
【殺人罪に該当する例】
- 本人の明確な意思を確認せずに「かわいそうだから」と殺害した場合
- 被害者が拒否しているのに、「助けになる」と思い込んで殺害した場合
つまり、本人の自由意思に基づく承諾があるかどうかが、両罪を分ける重要なポイントです。
実務上の判断基準
実務では、承諾殺人罪か殺人罪かを判断する際、被害者の承諾が自由な意思に基づくものかが厳しく審査されます。裁判所は、以下のような点を重視して判断します。
- 被害者の年齢・精神状態・健康状態
- 承諾の具体的な内容(書面・録音・第三者の証言など)
- 加害者の行為に強要性や支配性がなかったか
- 殺害の動機が「救済的」か、それとも「自己都合的」か
このように、表面的に「承諾があった」と言えるだけでは不十分で、実質的に自由で真摯な意思表示があったかが焦点となります。
承諾の有効性に関する判断ポイント
承諾殺人罪が成立するためには、被害者の「承諾」が自由かつ有効な意思表示であることが必要です。しかし、現実には精神的に追い詰められた状態や、加害者との関係性によって意思が歪められているケースも少なくありません。
次に、裁判で問題となる承諾の有効性を判断する主なポイントを解説します。
被害者が冷静な判断能力を持っていたか
重要なのは被害者が冷静に判断できる精神状態だったかという点です。承諾が有効とされるためには、被害者が自分の死を理解し、それを受け入れるだけの理性的な判断能力を持っている必要があります。
たとえば、被害者が一時的な感情に流されて「もう生きたくない」と言った場合や、強いストレスや絶望感から死を望んでいた場合には、その承諾が自由意思とはいえません。裁判所は、被害者の精神状態、医師の診断、家族や周囲の証言などをもとに、承諾の信頼性を慎重に見極めます。
自殺願望や精神疾患がある場合の扱い
被害者にうつ病や統合失調症などの精神疾患があったり、自殺願望が強買ったりする場合には、承諾の有効性はとくに問題となります。このようなケースでは、本人の「死にたい」という意思が病気によって歪められている可能性が高く、裁判所は承諾を「自由な意思によるもの」とは認めません。
実際、過去の判例でも、うつ状態にある配偶者を殺害した事案で「被害者の承諾は無効」と判断され、結果として殺人罪として有罪判決が下された例があります。つまり、被害者の精神的・身体的な状態は、承諾殺人罪か殺人罪かを分ける大きな要素となります。
暴力・脅迫・依存関係がある場合の承諾の無効
加害者と被害者の関係性にも注意が必要です。たとえば、家庭内暴力(DV)や経済的・心理的な支配関係の中で「殺してほしい」と言わされたような場合、被害者の意思は自由ではないため、承諾は無効とされます。
また、恋人や配偶者の強い支配下にある「依存関係」や、「別れたくないなら一緒に死のう」といった心理的圧力も、実質的には強要に近いとみなされます。そのような場合、形式的に「承諾」があっても、裁判では殺人罪として処罰される可能性が高いです。
「死なせてほしい」との曖昧な言葉の法的評価
被害者が「もう生きたくない」「いっそ殺してほしい」といった感情的・曖昧な言葉を口にしていたとしても、それが法的に有効な承諾と認められることはほとんどありません。刑法上の承諾とは、単なる感情表現ではなく、「自分の死を理解し、他人に殺害行為を許容する意思を明確に示すこと」が必要です。
そのため、被害者が感情的な発言をした直後に殺害したような場合は、「本人の本当の意思ではなかった」と判断され、承諾殺人罪ではなく殺人罪が成立する可能性が高くなります。
自殺幇助罪との違い
承諾殺人罪は、被害者の同意を得て殺害した場合に成立する罪です。一方で、自殺幇助罪は、他人の自殺を手助けした場合に問われる罪です。両者は「被害者の意思に基づく死亡」という点で共通しますが、実際に「殺害行為」を行ったかどうかで大きく区別されます。
次に、承諾殺人罪と自殺幇助罪の違いについて詳しく解説します。
自殺教唆・自殺幇助との比較
刑法202条は「自殺教唆・自殺幇助(自殺関与罪)」として、自殺をそそのかしたり助けたりした者を処罰すると定めています。
- 「そそのかす」行為:自殺教唆
- 「助ける」行為:自殺幇助
これに対し、承諾殺人罪は、被害者の承諾を得たうえで自ら殺害行為を行う点が決定的に異なります。つまり、被害者が自ら命を絶とうとしているのを手伝っただけであれば自殺幇助罪ですが、加害者自身が致命的な行為を行った場合は承諾殺人罪となります。
加害者が実際に「手を下した」かどうかが分かれ目
承諾殺人罪と自殺幇助罪の最大の違いは、「誰が直接殺害行為を行ったか」にあります。たとえば、被害者の頼みを受けて加害者が首を絞めた、薬物を注射したなどの行為をした場合は承諾殺人罪が成立します。
一方で、被害者が自ら命を絶つために準備した方法(薬の用意や道具の設置など)を加害者が手助けしただけであれば、自殺幇助罪にとどまります。この「行為の主体」の違いが、刑事上の評価を大きく左右します。
被害者主導か加害者主導かで異なる
もう一つの判断ポイントは、行為が被害者主導であったか、加害者主導であったかです。被害者が「自分で死にたい」と強く希望し、加害者がその意思を尊重して最小限の援助をした場合には、自殺幇助罪が適用される傾向があります。
しかし、被害者が一時的に死を望んだにすぎず、加害者が積極的に行動して命を奪った場合は、たとえ形式的な承諾があっても承諾殺人罪や殺人罪に問われる可能性があります。このように、承諾殺人罪と自殺幇助罪の線引きは、単に「同意があったかどうか」ではなく、誰が行為を主導したのか・実際に殺害行為を行ったのかが判断基準となります。
尊厳死・安楽死との関係
「承諾殺人罪」と混同されやすいのが、「尊厳死」や「安楽死」です。いずれも本人の意思に基づいて生命を終わらせる行為に関連しますが、法的な意味や位置づけはまったく異なります。次に、それぞれの違いと日本法上の扱い、さらに海外の制度との比較を詳しく解説します。
「安楽死」と「承諾殺人罪」の違い
安楽死とは、耐えがたい苦痛から解放する目的で、本人の意思に基づいて死を早める医療行為を指します。これに対して承諾殺人罪は、「本人の承諾を得て殺害した」という刑法上の犯罪です。
つまり、目的や文脈が大きく異なります。
- 【承諾殺人罪】加害者が本人の承諾を得て命を奪う行為
- 【安楽死】本人の苦痛を和らげるため、医師などが医学的措置を行う行為
安楽死は「人道的理由」が背景にある一方で、法的には殺人行為に該当する可能性があるため、刑事責任を問われるケースもあります。また、日本国内では人間の安楽死が認められていません。
医師が行う終末期医療と刑事責任
終末期医療では、延命治療を中止したり、苦痛を和らげるために鎮静を行ったりすることがあります。このような医療行為は一見、死を早めるような行為にも見えますが、適切な医療判断に基づくものであれば、刑事責任を問われないことが多いです。
ただし、患者本人の明確な意思が存在せず、家族や医師の判断だけで生命維持措置を中止した場合には、殺人罪または承諾殺人罪に問われるリスクもあります。そのため、近年では「事前指示書(リビングウィル)」など、本人意思の確認が重視されています。
日本における安楽死の法的位置づけ
日本では、安楽死を明確に合法化する法律は存在しません。ただし、いくつかの判例によって「例外的に違法性が阻却される場合」が認められています。代表的なのが、1991年の「東海大学安楽死事件」です。
この事件で裁判所は、安楽死が違法とならないための4要件を示しました。
- 患者が耐え難い肉体的苦痛に苦しんでいること
- 死が避けられない末期状態にあること
- 患者本人の明確な意思表示があること
- 医師の手段が社会的に妥当と認められること
この基準を満たした場合に限り、安楽死が「正当な医療行為」として違法性が否定される可能性があります。ただし、法律上の明確な規定は依然としてなく、グレーゾーンの領域にあるのが現状です。
海外との比較
海外では、安楽死や尊厳死を法的に認める国も増えています。
- オランダ・ベルギー・ルクセンブルク:積極的安楽死を合法化
- スイス:自殺幇助を条件付きで容認
- アメリカ(一部州など):医師による自殺幇助を合法とする州法を制定
これらの国では、厳格な要件と手続きを設けたうえで、本人の尊厳を尊重する形での死の選択を認めています。一方、日本では生命尊重の原則が重視されており、安楽死を制度として認める動きは進んでいません。
承諾殺人罪の刑罰と量刑の傾向
承諾殺人罪は、被害者本人の承諾を得て殺害した場合に成立する犯罪です。一般の殺人罪と比べると刑は軽く定められていますが、それでも重大な生命犯であることに変わりはありません。ここでは、承諾殺人罪の刑罰や実際の量刑傾向、そして裁判で考慮される情状要素などを詳しく解説します。
法定刑
承諾殺人罪の法定刑は、「6カ月以上7年以下の拘禁刑」です。これは、殺人罪(死刑または無期もしくは5年以上の拘禁刑)よりも大幅に軽い刑が規定されています。ただし、承諾があったとしても「人の命を奪う」という結果の重大性は変わらないため、実務上も重い罪として扱われる傾向があります。
実刑・執行猶予の判断基準
承諾殺人罪では、ケースによって実刑となるか、執行猶予が付くかが分かれます。裁判所は、以下のような事情を総合的に考慮して判断します。
- 被害者の承諾の有無とその内容
- 被害者との関係性
- 犯行動機
- 犯行後の対応
たとえば、末期がんなどの苦痛を訴える家族の頼みで行為に及んだ場合などは、執行猶予付き判決が出ることもあります。一方で、動機が不純であったり、被害者の承諾が不明確だった場合は、実刑判決となるケースが多くなります。
執行猶予とは、刑罰の執行を一定期間猶予することを指します。たとえば、拘禁刑1年執行猶予5年の判決が言い渡された場合は、直ちに刑務所に収監されるわけではなく、5年間形の執行を猶予し、社会生活を送ります。社会生活を送る中で、執行猶予期間中に罰金刑以上の刑罰が言い渡されなければ、刑が執行されることはありません。
情状酌量が認められるケース
承諾殺人罪では、裁判所が被告人に有利な事情(情状)を認めるかどうかが量刑を大きく左右します。情状酌量が認められる典型的なケースとしては、以下のようなものがあります。
- 被害者が耐え難い苦痛の中で冷静に死を望んでいた
- 被告人が被害者の苦しみを和らげたいという純粋な動機から行為に及んだ
- 犯行後すぐに自首し、深く反省している
- 遺族が被告人を責めず、一定の理解を示している
こうした事情が認められると、執行猶予付き判決や、短期間の拘禁刑にとどまる可能性があります。逆に、被害者の意思が不明確だったり、被告人に自己中心的な動機がある場合は、厳しい処分が下されやすくなります。
承諾殺人罪が成立するケース・しないケース
承諾殺人罪は、「被害者の同意がある殺人」という極めて特殊な犯罪です。しかし、実際に成立するケースは限られており、承諾の有無や内容の明確さが判断の分かれ目になります。ここでは、承諾殺人罪が成立する典型例と、逆に成立しないケースを具体的に解説します。
成立するケース:介護疲れ・共死を希望した場合など
承諾殺人罪が成立するのは、被害者が自らの意思で死を望み、その意思に基づいて加害者が殺害行為に及んだ場合です。とくに、以下のような状況では承諾殺人罪が認められることがあります。
- 高齢者や重病の家族が「苦しみから解放されたい」と強く訴えていた
- 被害者と加害者の間に強い信頼関係があり、無理心中を合意していた
- 加害者が被害者の意思を尊重して行為に及び、反省や自首をしている
たとえば、長年介護を続けていた配偶者が、本人の頼みで命を絶つ行為に及んだケースなどが典型例です。このような場合、被害者の承諾が「自由かつ明確」であると認められれば、殺人罪ではなく承諾殺人罪として扱われます。
ただし、「本人が望んだ」としても、動機や状況次第では情状酌量の対象にとどまり、実刑となることもあります。
成立しないケース:承諾が自由意思でない・曖昧な同意
承諾殺人罪は、被害者の自由な意思に基づく明確な同意がなければ成立しません。そのため、次のようなケースでは「承諾が無効」とされ、通常の殺人罪として扱われる可能性があります。
- 被害者がうつ病などで正常な判断ができない状態だった
- 加害者から精神的・経済的な支配や脅迫を受けていた
- 被害者が死を望んでいたかどうかが不明確で、証拠が残っていない
- 承諾が曖昧、あるいは一時的な感情によるものだった
とくに、被害者が弱い立場にあったり、加害者に依存していたりした場合には、自由な意思が否定されやすい傾向にあります。このような場合、たとえ加害者が「本人のために」と主張しても、承諾殺人罪ではなく殺人罪として処罰される可能性が高いです。
「死なせてくれと言われた」だけでは足りない
被害者が「もう生きていたくない」「死なせてくれ」と言ったとしても、それだけで承諾殺人罪が成立するわけではありません。裁判では、その発言の真意・状況・継続性などが厳しく審理されます。
たとえば、以下のような場合は注意が必要です
- 一時的な感情や混乱の中で出た言葉だった
- 被害者が本気で死を望んでいなかった
- 具体的な合意や計画性がなかった
このような場合、被害者の「承諾」は法律上無効と判断される可能性が高いです。つまり、「被害者が死を望んでいた」という主観的な認識だけでは足りず、客観的に承諾の存在を裏付ける証拠や状況が必要になるのです。
承諾殺人罪で逮捕された場合の流れ
承諾殺人罪は、刑法犯であり逮捕される可能性のある犯罪行為です。もし、逮捕された場合、どのような事件で流れが進んでいくのか疑問を抱えている人も多いでしょう。次に、承諾殺人罪で逮捕された場合の流れについて詳しく解説します。
逮捕
「逮捕」という行為は、犯罪を犯した疑いのある人の身柄を一時的に拘束するために行われる手続きです。逮捕するためには、「罪を犯したと疑うに足りる十分な証拠があること」、「証拠隠滅や逃亡の恐れがあること」の条件を満たしていなければいけません。
承諾殺人罪は、殺人罪の可能性も否定はできません。とくに殺人罪の可能性がある場合は、重罪であるため逮捕される可能性がとても高くなります。
逮捕された場合は、初めに48時間の身柄拘束が可能となります。その後、検察へ身柄付き送致を行い、さらに24時間以内に検察官が引き続き身柄拘束をする必要があるかどうかを判断する流れです。つまり、逮捕による身柄拘束は、最長72時間続きます。
勾留請求
検察官が、引き続き身柄拘束をする必要があると判断した場合は、裁判所に対して勾留請求を行います。勾留請求が認められた場合は、初めに10日間の身柄拘束が可能となります。その後、勾留延長されることが一般的であり、さらに10日間合計20日間の身柄拘束となるでしょう。
つまり、逮捕から勾留まで最長で23日間続く可能性があることを覚えておきましょう。
起訴・不起訴の判断
勾留されている被疑者は、勾留期間中に起訴もしくは不起訴の判断がなされます。判断を行うのは検察官であり、起訴された場合は刑事裁判に移行します。承諾殺人を行った経緯等を考慮し、起訴・不起訴の判断を行うことになるでしょう。
刑事裁判を受ける
起訴された場合は、刑事裁判を受けます。刑事裁判では、あなたの犯した罪について審理し、有罪か無罪かを判断します。有罪である場合は、どの程度の刑罰に処するかを判断し、判決として言い渡すまでが一連の流れです。
判決に従って刑に服する
拘禁刑の実刑判決が言い渡された場合は、一定期間刑務所等に収監されて受刑者にあったプログラムを実施します。執行猶予付きの判決が下された場合は、直ちに刑罰が執行されることはありません。
執行猶予期間中は社会に戻って日常生活を送ります。その中で、罰金刑以上の刑罰が下されることなく執行猶予期間を満了した場合は、執行を猶予されていた刑罰が執行されることはありません。
よくある質問
承諾殺人罪に関するよくある質問を紹介します。
Q.被害者が「殺してほしい」と言っても殺人罪になりますか?
A.承諾殺人罪が成立する可能性が高いです。
被害者に「殺してほしい」と依頼されて殺した場合は、殺人罪ではなく承諾殺人罪となる可能性が高いです。ただし、状況次第では殺人罪に問われる可能性も否定できないため、まずは弁護士へ相談をしたうえで適切な弁護活動を行ってもらいましょう。
Q.尊厳死は承諾殺人罪になるのですか?
A.尊厳死が直ちに承諾殺人罪に問われる可能性は低いです。
尊厳死とは、回復の見込みがない患者等の延命治療を辞めることなどを指します。延命治療は経済面や家族の精神面でも負担となるケースが多いです。そのため、尊厳死が必ずしも犯罪になるとは限りません。
ただし、尊厳死を認める日本の法律も存在しないため、「尊厳死が犯罪として成立しない」と言い切ることもできません。
Q.精神疾患のある人の承諾は有効ですか?
A.無効であると判断される可能性が高いです。
精神疾患がある人の承諾は、自由の意思決定に基づく承諾であると認められにくいのが実情です。そのため、精神疾患のある人の承諾は、無効である可能性が高いと思っておいたほうが良いでしょう。
Q.承諾殺人罪と自殺幇助罪の違いは何ですか?
A.「誰が手を下すか」という点で大きな違いがあります。
たとえば、「自殺をするための薬物を提供した」という場合は自殺幇助罪が成立し得るでしょう。一方で、「殺してほしいと言われたので、首を絞めて殺した」という場合は、承諾殺人罪が成立し得ます。
Q.初犯なら実刑ではなく執行猶予になる可能性はありますか?
A.初犯であっても実刑となる可能性があります。
初犯か再犯かに関係なく、実刑判決が下される可能性はあります。事件の内容や背景等を総合的に考慮したうえで判決が言い渡されるため、一概にはいえません。
少しでも減刑を目指すためには、早期に弁護士へ相談することが大切です。そのため、承諾殺人罪に問われた場合は、可能な限り早い段階で刑事弁護に強い弁護士への相談を検討しましょう。
まとめ
承諾殺人罪は、被害者の自由意思に基づく明確な承諾を得て行われた場合に成立する、刑法上の特例的な殺人罪です。一般の殺人罪と比べると法定刑は「6カ月以上7年以下の拘禁刑」と軽く設定されていますが、人の命を奪う行為である点は変わらず、実務上は重く扱われる傾向があります。
承諾があったとしても、精神的に追い詰められての同意や曖昧な表現による承諾は認められず、その場合は通常の殺人罪として処罰されます。また、承諾殺人罪と自殺幇助罪や自殺教唆罪との区別は、加害者が直接殺害行為を行ったかどうかで決まります。
裁判では、被害者の年齢や健康状態、精神状態、加害者の動機、行為の主体性などが慎重に審査され、情状酌量の余地がある場合には執行猶予が付くこともあります。さらに、尊厳死や安楽死と承諾殺人罪は混同されやすいものの、日本法では安楽死は明確に合法化されておらず、違法性阻却が認められるケースは限定的です。
承諾殺人罪を正確に理解するためには、被害者の承諾の有効性や加害者の故意、結果の有無といった成立要件を押さえることが重要です。命を扱う極めて重大な犯罪である以上、承諾があったとしても刑事責任を免れることはなく、法律や判例に基づいた慎重な判断が求められます。