黙秘権とは、犯罪の疑いをかけられて取り調べを受けている人に対して「言いたくないことは言わなくても良い」という権利です。たとえば、事件に関連する内容のことを話してしまうと、その証言が証拠となり、自分自身が不利益を受けます。
そのため、自分を守るための権利として「黙秘権」という権利が与えられているのです。
この記事では、黙秘権とは何か?やメリット・デメリット、行使したほうが良いケースや行使すべきではないケースについて詳しく解説しています。黙秘権について詳しく知りたい人は、ぜひ参考にしてください。
黙秘権とは
黙秘権とは警察等が行う取り調べの中で「言いたくないことは言わなくても良い」という権利です。黙秘権には一部の内容だけ言わない「一部黙秘」とすべてのことについて黙秘を貫く「完全黙秘」というものがあります。
黙秘権は被疑者や被告人の権利であり、警察官や検察官等が侵害することは許されません。まずは、黙秘権とはどういった権利なのか?について詳しく解説します。
取り調べ等で「言いたくないことは言わなくても良い」権利
黙秘権は被疑者や被告人に対して与えられている権利であり、「言いたくないことは言わなくて良いです」という権利です。たとえば、何らかの犯罪の疑いをかけられている場合、少しでも刑罰を軽くしようとして「事件の証拠となり得る証言をしない」ということが可能です。
警察官や検察官等が無理やり自白をさせようとした場合は、自白の強要となり違法捜査として認定されます。そして、自白の強要によって得られた証言は証拠として使うことはできません。
たとえ罪を犯してしまった人であっても、そもそも事件についてすべてを話さなくても良いということです。何を話すのか、何を話さないのかは一つの作戦でもあります。
一部黙秘・完全黙秘の権利がある
黙秘には「一部黙秘」と「完全黙秘」の2パターンあります。一部黙秘とは、一部分のみ黙秘することを言います。たとえば、自分のことは話すけど事件に関係することに関しては一切黙秘する状況です。
完全黙秘とは、取り調べにおいて一切のことを話さない姿勢・態度を示す状況のことを指します。いずれも被疑者や被告人が持っている「黙秘権」の範疇であるため問題はありません。
ただ、長時間何も話さずにじっとしているのはとても大変です。警察官や検察官等は自白の強要こそしないものの、あの手この手で話をしてもらえるように努力します。
自分の興味がある話やプライベートの話など、事件とは関係ないところから話をし始めるケースもあります。これらの話に対して一切話をせずに、黙っているのは非常にストレスが溜まる行為です。
黙秘の行使が判決等に影響を与えることはない
黙秘権は被疑者や被告人の権利です。そのため、黙秘によって何らかの不利益が発生してはいけません。よって、取り調べ等において黙秘を貫いたとしても、判決に影響を与えることはないため安心してください。
ただし、罪を犯していることが明らかであるにも関わらず、黙秘権を行使して何も話さないでいると、「反省していない」と見なされてしまう可能性があります。結果的に遺族や被害者の処罰感情が強くなり、判決に影響を与える可能性もあるため注意しなければいけません。
刑事事件において、被害回復や遺族・被害者の処罰感情は判決へ大きな影響を与えます。たとえば、人の物を壊してしまったのであれば、壊してしまった物の弁済が行われているかどうかが判決に影響します。
被害者や遺族がいる場合は賠償金の支払いを愛する姿勢を見せ、真摯に謝罪する姿などを見せることによって、処罰感情が薄れることも珍しくはありません。しかし、被害弁済や被害者・遺族に対して謝罪の弁を述べるということは、自分が罪を犯した事実を認めることになります。
よって、黙秘を貫く人は一般的に遺族に対する謝罪はもちろん、被害回復の提案や相談も行っていません。このことにより、被害者等は「反省していない」とみなし、検察官等に厳しい処罰をお願いする可能性があるのです。
黙秘権の行使自体が判決へ影響を与える可能性はありませんが、被害者の処罰感情を考慮する必要がある点は覚えておきましょう。
黙秘権の目的
黙秘権という権利がある理由は以下のとおりです。
- 自白の強要を回避できる
- 被疑者にとって不利になることを言わなくて済む
次に、黙秘権がある目的について詳しく解説します。
自白の強要を回避できる
黙秘権を行使することで自白の強要を回避できます。初めから「絶対に何も話さない」といった姿勢・態度をとっていると、「警察官等から何を言われても応じない」ということを貫けます。
警察官等は脅したり暴力を振るったりして自白の強要をすることは許されていません。しかし、あの手この手であなたに話しかけ、事件のことについて話をしてもらおうと努力します。
あなたは「警察官から何を言われても応じない」という態度を取っているため、何があっても自白の強要をされることはないでしょう。
被疑者にとって不利になることを言わなくて済む
黙秘権を行使することによって、犯罪の疑いをかけられている人にとって不利となる事実を話さずに済みます。たとえばAという事件について取り調べを受けており、実はBという事件を起こしたのもあなただったとしましょう。
警察官等に乗せられて話をしていると、つい口が滑って発覚していないBという事件について話してしまう可能性もあるでしょう。もちろん、事件が発覚すればBについても捜査され、量刑に大きな影響を与えます。
上記のことから、黙秘権は「自分にとって不利となる情報を伝えない」という権利です。刑事事件においては黙秘権が認められているため、上手に活用することで量刑へ影響を与える可能性が高まります。弁護士と相談をしたうえで適切に黙秘権を行使しましょう。
黙秘権のメリット
黙秘権を行使するメリットは以下のとおりです。
- 証拠となる自白供述を取らせないで済む
- 証拠不十分で不起訴となる可能性がある
- 曖昧な供述の長所を回避できる
- 操作の手がかりを与えずに済む
次に、黙秘権を行使するメリットについて詳しく解説します。
証拠となる「自白供述」を取らせないで済む
警察や検察等から行われる証言は、すべて証拠として扱われます。そのため、黙秘権を行使することで、自白供述による証拠を取らせないで済みます。
刑事裁判では、証拠に基づいて裁判が行われるのが原則です。証拠には物証や人証などさまざまな物がありますが、自白供述も大きな証拠の一つになり得ます。その証拠を与えないことで判決に影響を与える可能性が高くなるでしょう。
ただし、自白供述をしなかったとしても、その他の証拠で犯罪を立証できる場合は、当然有罪判決を受ける可能性があるため注意しなければいけません。自白供述は、あくまでも自白をしたと言う事実の証拠にしかすぎません。
証拠不十分で不起訴となる可能性がある
もし、他の証拠が少ない場合は不起訴となる可能性もあります。証拠にはさまざまな種類があります。しかし、他の証拠が少なく、自白供述頼りの場合は、自白による証拠を得られないため証拠不十分での不起訴となる可能性も考えられるのです。
そのため、他の証拠がないことが明らかである場合は、黙秘権を行使して不起訴を目指すといった方法を検討しても良いでしょう。
曖昧な供述の調書を回避できる
事件当時の記憶が曖昧である場合は、黙秘権を行使することで曖昧な供述の調書を回避できます。曖昧なまま話をした場合であっても、話した内容がすべて証拠として扱われてしまいます。
もちろん、取り調べでは罪を認めていても裁判になって「やっていない」と言うのも問題はありません。しかし、取り調べで罪を認めた事実が証拠となり、有罪判決が下されてしまう可能性があります。そのため、記憶が曖昧である場合はあえて黙秘権を行使しても良いでしょう。
捜査の手がかりを与えずに済む
黙秘権を行使することで捜査の手掛かりとなる情報を与えずに済みます。とくに、他の証拠が揃っていない場合は、被疑者や被告人の供述を元に新たな証拠を集めるケースが多いです。
そのため、黙秘権を行使することによって捜査の手掛かりとなる情報を伝えずに済み、結果として事件の証拠を与えずに済む可能性があります。そのため、状況に応じて黙秘権の行使を検討しましょう。
黙秘権のデメリット
黙秘権を行使するデメリットは以下のとおりです。
- 長時間の身柄拘束の可能性がある
- 刑罰が重くなる可能性がある
- 取り調べがキツくなる可能性がある
次に、黙秘権を行使するデメリットについて詳しく解説します。
長期間の身柄拘束の可能性がある
黙秘権を行使することによって、身柄拘束の期間が長くなる可能性があります。通常、逮捕されて勾留請求が認められた場合は最長23日間の身柄拘束が可能です。
しかし、罪を認めている場合は早期に釈放されたり証拠隠滅・逃亡の可能性が低いと判断されて勾留を回避できたりする可能性があります。
逆に言えば、警察や検察としてはあなたが罪を犯したと疑っているため、「黙秘権を行使する=証拠隠滅や逃亡の可能性が高い」と判断せざるを得ません。このことから、長期間の身柄拘束の可能性が高くなってしまうのです。
また、起訴された場合は保釈請求を行うこともできますが、保釈請求が認められずに身柄の拘束が継続する可能性もあります。結果的にあなたの社会生活にも大きな影響を与えることになるため注意しなければいけません。
刑罰が重くなる可能性がある
黙秘権を行使することによって、刑罰が重くなる可能性もあるため注意しなければいけません。
通常、黙秘権は被疑者や被告人の権利であるため、刑罰へ影響を与えることはないとされています。しかし、心象としては悪くなってしまうため、結果的に刑罰が重くなる可能性もあるため注意しなければいけません。
たとえば、客観的な証拠が揃っているにも関わらず黙秘権を行使し、起訴されたとしましょう。この場合「罪を犯したにも関わらず何も証言をしない」という事実が「反省していない」と見なされてしまう可能性があるのです。
反省しているかしていないかは、裁判官や被害者等の心象にも大きな影響を与え、判決に影響を与える可能性が高まるため注意しなければいけません。
取り調べがキツくなる可能性がある
黙秘権を行使することによって、取り調べがキツくなる可能性があります。もちろん、自白の強要は許されませんが、警察官や検察官等はあの手この手で話をしてもらおうとしてきます。
そのため、中には「取り調べがキツいな……」と感じてしまう人がいるかもしれません。
黙秘を貫いたほうが良いケース
黙秘を貫いたほうが良いケースは以下のとおりです。
- 供述以外に証拠がない場合
- 実際に無実である場合
- 共犯者がいない場合
次に、黙秘権を行使したほうが良いケースについて詳しく解説します。
供述以外に証拠がない場合
供述以外に証拠がない場合は、黙秘権を行使したほうが良いです。黙秘権を行使することによって、唯一の証拠となる自白供述証拠を与えなくて済みます。結果的に証拠不十分で不起訴となる可能性が高くなるためです。
一度不起訴となった場合は、その刑事事件については終了します。そのため、前科がつくこともありません。
ただし、捜査機関が新たな証拠を発見した場合は、再度、捜査を行って起訴する場合もあるため注意してください。不起訴になったとしても、今後、必ずしも罪に問われないと言うわけではありません。その点は十分に注意しましょう。
実際に無実である場合
実際に無実である場合は、黙秘権を行使するのが有効です。たとえば、本当に罪を犯していない場合は、「自分はやっていない!」と主張したくなります。しかし、主張したところで警察官等は「やっていないならその証拠を見せろ」と言ってきます。
やっていないことの証明はとても難しいのが現実です。一方で、警察官等はその他の証拠等をもとにあなたのことを疑っています。そのため、本当に罪を犯していないのであれば、あえて黙秘するという手段も有効です。
共犯者がいない場合
共犯者がいない場合の黙秘権行使も有効です。共犯者がいる場合は、共犯者の証言で証拠を揃えられる可能性があります。また、警察官等は取り調べの中で「共犯者の〇〇はこう言っているぞ」などと伝えてきます。
そのため、共犯者からの証言で証拠が完成する場合、黙秘権を行使することによって反省していないのではないか?と判断されてしまう恐れがあります。このことから、共犯者がいないのであれば黙秘権を行使することも有効な手段の一つであると言えるのです。
黙秘をしないほうが良いケース
黙秘をしないほうが良いケースは以下のとおりです。
- 被害者のいる事件である場合
- 実際に罪を犯した場合
- 供述以外に客観的証拠が揃っている場合
- 軽微な事件で不起訴となる可能性が高い場合
次に、黙秘権を行使しないほうが良いケースについて詳しく解説します。
被害者のいる事件である場合
被害者がいる事件の場合は、黙秘権を行使しないほうが良いでしょう。なぜなら、黙秘権を行使することによって被害者の処罰感情が強くなる可能性があるためです。
刑事裁判において、被害者の処罰感情は処罰へ大きな影響を与えます。そのため、罪を認めて真摯に謝罪をしている人と、罪を認めずに黙秘権を貫いている人であれば、後者のほうが圧倒的に心象は悪くなってしまいます。
結果的に、その他の証拠が揃っていて起訴されたり有罪判決を受けたりした場合は、重い処分が下されることになるため注意しなければいけません。
実際に罪を犯した場合
実際に罪を犯した事実がある場合は、黙秘権を行使するのは避けたほうが良いでしょう。罪を犯したにも関わらず黙秘権を行使することにより、長期間の身柄拘束や厳しい処罰が下されるなど、さまざまなリスクが発生し得るためです。
そのため、現行犯逮捕のように罪を犯したことが明らかである場合は、黙秘権は行使せずに罪を認めたうえで真摯に対応したほうが良いでしょう。
供述以外に客観的証拠が揃っている場合
供述以外に客観的証拠が揃っている場合は、素直に罪を認めて減刑を目指したほうが良いです。罪を犯したことが明らかであるにも関わらず、黙秘権を行使すると心象が悪くなるためです。心象の悪化は処罰に大きな影響を与えることになるため注意しましょう。
軽微な事件で不起訴となる可能性が高い場合
比較的軽微な事件で不起訴となる可能性が高い事件については、素直に罪を認めて真摯に対応したほうが良いです。たとえば、軽犯罪法違反や軽度な暴行、初犯の軽微な窃盗罪等々です。
実際にどの程度の犯罪であれば「軽微」と言えるかは難しいです。しかし、逮捕された場合であれば一度だけ当番弁護人制度によって弁護人へ相談をできます。その際に相談をしてみると良いでしょう。
「軽微な犯罪で不起訴となる可能性が高い」と弁護士に伝えられた場合は、不起訴処分を目指して罪を認め、反省している態度を示すべきでしょう。
黙秘権に関するよくある質問
黙秘権に関するよくある質問を紹介します。
Q.黙秘権の行使は精神的にキツイですか?
A .キツいと感じることがあるかもしれません。
完全黙秘の場合は、長い取り調べの間何も話さないようにしなければいけません。余計なことを話してしまうことによって、事件の手がかりを与えてしまう可能性があるためです。
しかし、相手から一方的に話しかけられているにも関わらず、ずっと何も話さずに黙っているのは、精神的にキツいと感じることもあるでしょう。とくに取り調べは長時間、長期間で行われるため、毎日毎日何時間も黙秘権を行使するのは相当キツいです。
とはいえ、取り調べは永遠に行われる物ではありません。そのため「一時期だけ我慢する」といった考えで心に余裕を持たせることもできます。また、自分の興味のある話だけをすることで、少しは気持ちを楽にさせられるのではないでしょうか。
Q.警察官等に供述を脅迫された場合はどうすれば良いですか?
A .供述の脅迫は違法であるため、弁護士へ相談をしてください。
取り調べは密室内で行われるため、中には大きい声を出したり暴力的な態度で自白を強要されてしまう可能性があります。これが冤罪の原因ともなり得るため問題視されていました。
現在は、裁判員裁判の対象事件や検察官独自捜査事件については、すべて録画するよう義務付けられています。そのため、脅迫行為等は基本的には起こり得ません。
仮に、自白を強要された場合は、強要による供述はすべて証拠としては成立しません。そのため、自白強要による供述に不安を感じる必要はないでしょう。もし、強要されて供述をしてしまった場合は、担当弁護士へ相談のうえで対応を検討してください。
Q.黙秘権の行使は証拠隠滅にならないのですか?
A .黙秘権の行使は、証拠隠滅にはなりません。
刑事事件における証拠隠滅を図ると、証拠隠滅を行った者が「証拠隠滅等罪」に問われる可能性があります。証拠隠滅等罪は、主に刑事事件の証拠となり得る物を処分したり証拠品を偽造したりした場合に成立する犯罪です。
そのため、黙秘権を行使したとしても証拠隠滅等罪には該当しません。黙秘権は犯罪の疑いをかけられている人が持っている権利であるためです。また、刑事事件において証人等が「知っているけど言わない」という選択をしても証拠隠滅等罪にはならないため安心してください。
証拠隠滅等罪は、あくまでも証拠品を隠したり処分したりした場合に成立する犯罪であり、思っていることや実際の行動について伝えなくても違法性はありません。
Q.黙秘権はどのように行使すれば良いですか?宣言すれば良いのですか?
A .黙秘権の行使に宣言等は必要ありません。
黙秘権は「何も言いません」という態度を示すことができる権利です。そのため「黙秘権を行使します!」などと伝える必要はありません。言いたくないことは何も言わなければ良いのです。なお、「黙秘します」や「黙秘権を行使します」と言っても構いません。
Q.黙秘権はなぜあるのですか?
A .犯罪の疑いをかけられている人の人権を守るためです。
たとえ実際に罪を犯した人であっても、自分が不利になり得る証言を強制することは、被疑者や被告人の人権を否定する行為になります。そのため、「何人も自白の強要はされない」という前提に基づき、黙秘権が認められています。
まとめ
今回は、刑事事件における黙秘権について解説しました。
黙秘権は、犯罪の疑いをかけられている人の人権を守るための権利であり、全ての人に認められています。また、黙秘権を行使することによって判決へ影響を与えることはありません。
しかし、心象が悪くなってしまうのは事実であり、とくに被害者からの心象が悪い場合は、判決へ影響を与える恐れがあるため注意しなければいけません。黙秘権はすべての被疑者・被告人に認められている権利ではあるものの、不利益が生じる可能性も考慮しながら慎重に行使を検討したほうが良いでしょう。