家族の財布からお金を取った、親の通帳から勝手に引き出した、同居する配偶者の物を無断で売った。こうした「家族間の金銭トラブル」は、外部の窃盗や詐欺とは違い、被害者側も加害者側も複雑な事情を抱えやすいのが実情です。
そこで刑法は、親族同士の一定の財産犯について、刑罰の適用を柔軟にする特別ルールとして「親族相盗例(刑法244条)」を設けています。親族相盗例は、一定の親族関係(配偶者・直系血族・同居の親族)間で行われた窃盗などについて、刑を免除する可能性がある制度です。
ただし「家族なら何をしても無罪」という意味ではなく、対象になる犯罪は財産犯に限られ、暴行や強盗など財産以外も侵害する犯罪は適用外です。また、見るべきポイントは親族関係の近さだけではありません。兄弟姉妹は同居かどうかで扱いが変わることがあり、別居の場合は免除が認められにくい場面もあります。
さらに、処罰に進めるには被害届では足りず、原則として被害者の「告訴」が必要になる点も重要です。本記事では、親族相盗例の意味、適用範囲、具体的な適用例・不適用例、適用された場合の刑事手続きの流れ、誤解しやすいポイントを整理し解説します。
親族相盗例とは
日本の刑法には、一般的な財産犯(窃盗・横領・詐欺等)とは別に、親族同士の特別な事情を考慮した例外規定が設けられています。これを法律用語で「親族相盗例(しんぞくそうとうれい)」と呼びます。
この制度は、血縁や生活を共有する家族間で起きた財産トラブルを、いわゆる「刑罰で罰するべきか」という観点から柔軟に扱うためのものです。親族間での金銭・物品の持ち出しや横領がすべて無罪になるわけではありませんが、一般の犯罪とは異なる特別な基準で処理されることがあります。まずは、親族相盗例とは何か?について詳しく解説します。
親族間の財産犯を罰さない
親族相盗例の本質は、一定の親族関係にある者同士の間で行われた財産に関する犯罪について、刑罰を科さない(刑の免除)という点にあります。刑法第244条1項は次のように定めています。
(親族間の犯罪に関する特例)
第二百四十四条 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。引用元:刑法|第244条
ここでいう「直系血族」とは親子・祖父母と孫といった血縁関係、「同居の親族」とは住居を共有している家族を指します。この規定により、たとえ親や子どもが財布から金を持ち出したとしても、同居の親族であれば刑罰が免除される可能性があるのです。
ただし注意すべきは、免除されるのはあくまで「財産に関する罪」であり、親族間の恋愛関係・人格権に関わる犯罪とは区別される点です。
窃盗・横領・詐欺・背任等が該当
窃盗・横領・詐欺・背任等が該当
親族相盗例が適用される犯罪の代表例としては、以下のものが挙げられます。
- 窃盗罪(刑法235条)
家族の財布や貯金通帳から無断で金品を持ち出した場合 - 横領罪(刑法252条)
家族の財産を管理していた人が勝手に使い込んだケース - 詐欺罪(刑法246条)
家族に虚偽の説明をして金銭をだまし取った場合 - 背任罪(刑法247条)
家族の財産を管理する立場にありながら不正に処分したケース
こうした財産犯が発生した際に、被害者と加害者が法律上の親族関係(同居も含む)にある場合、親族相盗例が検討されます。親族相盗例は、行為自体を無かったことにする制度ではなく、刑を免除することを可能にする制度であり、個々のケースで適用の可否は慎重に判断される点に留意が必要です。
たとえば、同居している親族の財布からお金を盗んだ場合、通常は窃盗罪によって「10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」が科されます。しかし、親族相盗例が適用された場合は、窃盗罪に関する罪には問われない可能性があるというものです。
親族相盗例が適用される犯罪は、上記のとおり「財産犯」と呼ばれるもののみです。また、必ずしも適用されるとは限らない点に注意が必要です。
財産以外も侵害する犯罪は対象外
親族相盗例の適用対象は、財産そのものに関する違法行為に限られます。たとえば以下のような犯罪は、親族相盗例の対象外となります。
- 暴行・傷害(親に暴力を振るった場合)
- 脅迫・恐喝(親を脅して金品を取った場合)
- 名誉毀損・侮辱(親の評判を傷つけた場合)
- 性的犯罪(親子間・夫婦間の性犯罪)
- 強盗罪(強盗致傷・強盗殺人等)
これらは財産犯ではなく、人格権や身体・自由を侵害する行為として扱われるため、親族相盗例の適用対象にはなりません。したがって、たとえ親子・夫婦・同居の家族間の出来事であっても、身体や生命・尊厳を侵害する犯罪は通常の刑事責任として処罰されます。
親族相盗例の適用範囲は、あくまでも「財産犯のみ」である点に注意が必要です。たとえば、財産犯であっても強盗致傷のように財産以外も侵害する犯罪である場合は、親族相盗例の適用外になります。
罰するためには告訴が必要
親族相盗例には、免除に加えてもう一つの重要な要件があります。それが「告訴がなければ処罰できない」という点です。刑法第244条2項では、同居親族間で犯した財産罪について、第三者と共謀した場合を除いて、告訴がなければ公訴(起訴)を提起することができないとされています。
告訴とは、被害者本人もしくは法定代理人が警察等の捜査機関に対して犯罪事実を申告し、処罰を求めることを指します。通常、財産犯は非親告罪(告訴を必要としない犯罪)ですが、親族相盗例が適用されるケースである場合は、告訴が必要です。
これは、親族間の金銭トラブルを家族の問題として解決できる余地を残す趣旨から設けられた要件です。つまり、親族相盗例が適用されるケースでも、被害者本人が明確に「処罰を望む」という意思を示す告訴をしない限り、警察・検察は起訴(公判手続き)できないということです。
そのため、親族間の財産トラブルで刑事責任を問うためには、被害者本人の意思表示(告訴)が極めて重要になります。告訴がなければ、逮捕や勾留が発生したとしても、不起訴・釈放につながる可能性が高くなります。
親族相盗例の適用範囲
「親族相盗例」とは、日本の刑法において、親族同士の財産犯について特別に扱う制度です。これが適用されるかどうかで、刑事処罰の可否・告訴の要否が大きく変わるため、どこまでが親族相盗例の対象で、どこから対象外になるのかを正確に理解することが重要です。
次に、親族相盗例の適用範囲について詳しく解説しますので、ぜひ参考にしてください。
直系血族・同居の親族・配偶者が対象
親族相盗例が適用されるのは、刑法第244条にある通り、ごく近い親族関係にある者同士の場合です。具体的には次の関係が対象となります。
- 直系血族
- 配偶者
- 同居の親族
直系血族とは、親子や祖父母、孫のように上下で繋がっている血族を指します。たとえば、「親の財布からお金を盗み取った」という場合は、直系血族に該当するため、親族相盗例が適用されます。
配偶者とは、婚姻関係にある夫・妻を指します。つまり、「夫や妻の財布からお金を盗み取った」という場合は、親族相盗例の適用範囲です。ただし、内縁関係にある夫婦である場合は、親族相盗例が適用されません。
同居の親族とは、同居している6親等内の血族または3親等内の姻族を指します。6親等内の血族とは、同じ先祖から血統で繋がっている人を指します。上下の血族に加えて兄弟姉妹等が含まれます。
姻族とは、婚姻によってできた親族を指します。これらの場合は「同居していること」が前提となるため覚えておきましょう。
兄弟姉妹は状況により対象外となることもある
兄弟姉妹(兄・弟・姉・妹)については、必ずしも一律に親族相盗例の対象となるわけではありません。法律上「直系血族」ではないため、本来の趣旨から外れる可能性があり、兄弟でも状況次第で適用が認められないケースがあります。
実務上、以下のような点が判断材料になります。
- 同居しているかいないか
- 家族として実質的に生活を共有しているか
- 実家暮らしか別居か
- 財産管理や経済的依存の度合いがどうか
たとえば、同居している兄弟姉妹であれば親族相盗例が認められる余地があります。しかし、別居していたり独立した生活を営んでいたりする兄弟姉妹の場合には、親族相盗例の対象外となる可能性が高く、通常の窃盗として処罰され得る場合があります。
このように、兄弟姉妹が対象となるか否かは、単に血縁関係の有無ではなく、家族としての実質的・生活的関係の有無も考慮される点が重要です。
別居の場合は刑の免除が認められにくい
親族相盗例は、そもそも「家庭内トラブルを刑事罰で解決するべきか」という社会的判断を背景にしています。そのため、実際に生活を共にしていない別居親族の関係では、制度の趣旨が適用されにくくなります。
たとえば、以下のケースを例に考えてみましょう。
- 親と成人した子どもが長期間別居している
- 配偶者が別居中で同居していない
- 実家を離れて独立生活を送っている親族
上記の場合、犯罪行為が親族間であっても、親族相盗例の「刑の免除」という恩恵を受けられない可能性が高くなります。たとえば別居している成人した子どもが親の通帳を無断で操作した場合、単なる親族ではなく第三者との窃盗と同様に扱われる可能性が強く、告訴要件が不要な通常処罰が適用される場面もあり得ます。
親族の範囲は法律上明確に定められている
「親族」と聞くと一般的には幅広い関係が思い浮かびますが、親族相盗例における「親族」とは、法律が個別に定める範囲で評価されます。刑法244条は「直系血族・配偶者・同居の親族」と規定していますが、これに含まれる範囲は民法等に基づく身分関係の明確な定義があります。
- 直系血族(父母・祖父母・子・孫など)
- 配偶者(法律上の婚姻関係)
- 同居の親族(血縁・婚姻問わず生活を共有)
ここでの「同居の親族」は、単に一時的に泊まっているだけの関係ではなく、実際に生活を共にし、経済・日常生活の基盤を共有している関係が前提になります。
民法上の親族関係(親子・兄弟姉妹・配偶者など)と、親族相盗例の適用上の「親族」は重なりつつも評価基準が異なります。そのため、単に法律上の親族であること=親族相盗例が適用されるとは限らない点も理解しておく必要があるでしょう。
親族相盗例が適用される例
刑法244条に規定された「親族相盗例」は、親族間の財産に関する罪について特別に扱う仕組みです。この制度が適用されるかどうかは、事件の内容や親族関係、同居の有無、告訴の有無などを総合的に判断します。
ここでは、現実問題として親族間トラブルで起こり得る代表的な例について、法律の適用がどのように働くのかを具体的に解説します。
家族の財布・通帳・現金の持ち出し
親族相盗例の典型例としてイメージしやすいのが、家族の財布や通帳・現金の持ち出しです。たとえば、同居する両親の財布から現金を無断で持ち出したり、家計用の通帳から引き出しを行ったりする行為です。
一般論として、これらの行為は窃盗罪や横領罪として処罰対象です。しかし、同居している親子や夫婦・直系血族の間で行われた場合、親族相盗例が適用される可能性があります。
たとえば以下のようなケースです。
- 同居している父親の財布から日常生活費以上の現金を持ち出した
- 生活を共にしている配偶者名義の通帳から無断で引き出した
これらは「同居の親族間の財産に関する行為」と評価され、刑事罰が免除される余地があるのが親族相盗例の趣旨です。ただし、同居の事実確認や行為の性質(生活費の持ち出しか、日常的な流用か)、被害者の告訴の有無等が判断材料になります。
SNSや口座アクセスによる金銭持ち出し
近年はスマートフォン・ネットバンキング普及により、単純な物理的な持ち出しだけでなく、ネット口座へのアクセスによる金銭の移動が問題になる場面があります。たとえば、家族のスマホにログインして銀行アプリにアクセスし、送金や振込を行ったようなケースです。
これらの行為は、形式的には窃盗・横領に該当する可能性があるものの、行為者と被害者が同居の親族・直系血族・配偶者であれば、親族相盗例の検討対象となります。ただし、重要なのは「第三者(兄弟や友人等)と共謀して行ったか」や「アクセス手段が不正と認められるか」という点です。
共謀や不正アクセスの重さが認められると、親族相盗例の適用を否定する方向の判断がなされる可能性が高まります。法律は通帳・財布の物理的な盗難だけでなく、電磁的記録(電子データ)の不正取得・使用も対象に含みます。
このような事案では、親族相盗例の適用は可能であり得るものの、裁判例や事案ごとの具体的条件の分析が不可欠です。
家族の物を盗む
親族相盗例は「財産に関する罪」を対象にしているため、家族の所有物の無断使用・持ち出し・横領も基本的には検討対象になります。たとえば、同居している子どもが親の所有する高価な時計や電子機器を無断で外出先に持ち出し、それを売却したようなケースです。
上記の行為は窃盗や横領と評価される可能性がありますが、対象が同居の親族であるかどうかが一つのポイントとなります。
- 親の物を子が勝手に持ち出し、生活費として使った
- 子どもが親の預かり物を売却した
- 配偶者が共同名義の財産を私的に処分した
いずれも「単なる物の持ち出し」ではなく、財産権の侵害行為として刑事責任が問われ得ます。しかし、親族相盗例の対象となるか否かは、所有関係・同居状況・行為の態様・被害者の意向(告訴の有無)などを総合して判断されるため、単純に「家族だから無罪」となるわけではない点に注意が必要です。
家族を騙して金銭を詐取する
親族間での詐欺行為も、親族相盗例の適用の有無が問題になります。たとえば、子どもが親を騙して金銭を受け取った、あるいは配偶者が相手方配偶者に虚偽の事実を説明して財産的利益を得たようなケースが該当します。
このような「騙すこと」による取得は形式的には詐欺罪ですが、親族相盗例が適用される可能性がある場面として以下が挙げられます。
- 同居している親に「病気で必要だ」と偽って金銭を借りた
- 配偶者に虚偽の説明をして共同口座から金を引き出した
こうした詐欺行為でも、被害者と加害者が直系血族・配偶者・同居親族であれば、親族相盗例の適用が検討されます。ただし、詐欺行為の悪質性が高く、被害者が告訴を望む場合、親族相盗例が適用されない可能性もあります。
とくに詐欺的な手法が巧妙であると判断された場合、親族間であっても通常の刑事処罰が検討されることがあります。
たとえば、もともと相手方の財産を詐取する目的で結婚し、後に、配偶者の財産を詐取したようなケースです。この場合は、悪質性が高いと判断され、親族相盗例が適用されない可能性もあります。また、被害者側からの告訴がある場合も、親族相盗例の適用外となる可能性があるでしょう。
親族相盗例が適用されない例
「親族相盗例」は、親族間の財産に関する犯罪について刑事罰を免除したり、告訴がなければ処罰しない制度ですが、すべての親族間の行為に適用されるわけではありません。適用されない場合には、一般の財産犯と同じく刑事責任が問われ、逮捕・起訴される可能性があります。
次に、実務で誤解されやすい3つの典型例について詳しく解説します。
兄弟姉妹の例外
親族相盗例が適用される代表的な親族関係は「直系血族」「配偶者」「同居親族」ですが、兄弟姉妹(姉妹・兄弟)は必ずしも適用対象とはなりません。民法上は親族でも、刑法244条の「同居親族」に該当するかが重要です。
たとえば以下のようなケースでは、親族相盗例の適用が認められにくいとされています。
- 別居している兄弟姉妹同士の金銭の持ち出し
- 同居していたとしても生活実態が別世帯であった場合
- 親元を離れて独立した生活を送っている兄弟姉妹間の財産犯
このような場合、兄弟姉妹であっても「親族相盗例」の対象から外れ、通常の窃盗罪等として処罰される可能性が高くなります。警察・検察・裁判所は、単に血縁関係があるだけではなく、「同一の生活共同体にあるか」という実質的な関係性を重視する傾向があります。
強盗など財産以外も侵害している場合
親族間の財産犯であっても、単なる財産の移転や持ち出しにとどまらず、身体・生命・自由を侵害する行為がある場合は親族相盗例が適用されません。刑法は財産犯だけでなく、人格権や身体の安全を脅かす犯罪については、親族関係を問わず通常通り処罰します。
たとえば、以下のような行為が該当します。
- 家族に盾突かれて暴力を振るったうえで財布を奪った
- 家族を脅迫・暴行して現金を強奪した(強盗罪)
- 家族の身体を拘束しつつ金銭を取り上げた(監禁・強盗致傷)
これらは単純な財産盗ではなく、財産以外の権利・身体・自由を侵害する重大な犯罪として扱われます。親族相盗例は「財産犯に限定した規定」であり、強盗罪や暴行・傷害等の重大犯罪では適用されないため、親族でも処罰対象となります。
内縁関係・離婚後の配偶者である場合
親族相盗例は法律上明確な親族関係(直系血族・配偶者等)および同居関係を前提としています。そのため、次のような関係は適用対象外となる可能性が高くなります。
- 内縁の配偶者
法律婚ではなく事実婚関係にある場合、民法上の配偶者とは見なされても、親族相盗例の適用要件としては不十分と判断される場合があります。 - 離婚後の元配偶者
法律上の婚姻関係が解消された離婚後は、血縁でも同居でもないため、親族関係として扱われません。 - 養子縁組していない事実上の家族関係
長年同居している「兄弟同然の関係」でも、法律上の血縁関係・婚姻関係・同居の事実が立証できない場合は、親族相盗例の適用が難しくなります。
法律は関係性を形式的・実質的に判断しますが、法律上の親族か否かという要件をクリアしていない関係は親族相盗例の対象外です。
親族相盗例が適用された場合の取り扱い
親族相盗例は、親族関係にある者同士の財産に関する罪について、刑事責任のあり方を特別に扱う制度です。適用されると、一般的な財産犯とは異なる扱いになるため、逮捕・起訴・量刑という刑事処分の流れが大きく変わります。
ただし、それが「すべて無かったことになる」という意味ではなく、刑事と民事で判断が分かれる中間的な制度です。次に、親族相盗例適用後に具体的にどのような扱いになるのかを詳しく解説します。
刑事処分が免除される可能性がある
親族相盗例が適用された場合の大きな効果は、刑事処分(罰則)が免除される可能性がある点です。刑法第244条1項では、以下のとおり明記されています。
(親族間の犯罪に関する特例)
第二百四十四条 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。引用元:刑法|第244条
つまり、同居している親子・夫婦・直系血族間での窃盗・横領・詐欺等の行為は、裁判所が刑を科さない判断をする余地があるのです。実務では、被害者と加害者が同居親族であることが確認され、かつ告訴がなければ、検察官は起訴を見送るか、裁判所も「処罰を免除する」判断を下す可能性があります。これにより、逮捕されても不起訴・釈放となるケースが比較的多いという傾向があります。
罰するためには被害届ではなく告訴が必要
重要なポイントとして、親族相盗例が適用されるケースでは、単なる「被害届」の提出だけでは刑事処罰に進みません。親族間の財産犯は「親告罪」とされており、検察官が処罰を進めるには、被害者本人の告訴が必要です。
- 被害届:警察への「被害報告」
- 告訴:被害者から検察官等に対する「処罰請求」
告訴とは、被害者本人もしくは法定代理人が警察等の捜査機関に対して犯罪事実を申告し、処罰を求めることを指します。通常、財産犯は非親告罪(告訴を必要としない犯罪)ですが、親族相盗例が適用されるケースである場合は、告訴が必要です。
親族相盗例が適用され得る場合、被害届が出ても検察は起訴できないことがあります。告訴がなければ「公訴提起(起訴)」ができないため、結果として不起訴や処罰免除の方向に進むことが多くなります。
ただし、告訴が提出された場合でも、裁判所は親族相盗例の規定に基づいて「刑を免除する」判断をすることが可能です。そのため、同居親族間の財産犯では、刑事手続きが開始されたとしても、必ず裁判で罰せられるわけではありません。
示談による解決が優先されやすい
親族間のトラブルは、刑事処罰よりも示談による解決が優先されやすいという特徴があります。親族相盗例の趣旨自体が「家庭内の経済的トラブルを刑罰で解決するのは望ましくない」という考え方に基づくため、実務でも示談や和解が重視される傾向にあります。
示談が成立すると、以下のような効果があります。
- 被害者の告訴を取り下げることができる
- 民事上の被害回復(返金・弁償等)の合意形成につながる
- 刑事手続きが打ち切られる要因となる
とくに親族関係の修復や家庭内の平和を保つ観点から、示談による解決が優先され、刑事責任そのものが問題にならないケースもあります。なお、示談交渉は法律的な助言が必要な場合もあるため、弁護士等の専門家の関与があるとより確実な解決につながります。
民事上の返金義務は残ることがある
親族相盗例が適用されて刑事責任が免除されたとしても、民事上の責任が消えるわけではありません。つまり、財産犯としての行為が事実であれば、加害者は被害者に対して返金・損害の補填義務を負う可能性があります。
たとえば、刑事裁判が免除されたとしても、以下の対応が必要になるケースがあります。
- 無断で持ち出した現金の返還
- 売却した物品の弁償
- 損害賠償請求(財産上の損害)
民法上の不法行為責任や契約違反に基づく請求が成立することで、親族間であっても民事訴訟で金銭的な責任が確定することがあります。親族相盗例は刑事処罰の軽減・免除を想定した制度ですが、民事責任に関しては別問題として扱われる点を理解しておくことが重要です。
よくある質問
親族相盗例に関するよくある質問を紹介します。
Q.親族の財布からお金を取っても捕まりませんか?
A.親族相盗例の範囲内であれば、告訴がなければ捕まらない可能性もあります。
親族相盗例の範囲内である親族の財布からお金を窃取した場合、基本的には罪に問われることはありません。そのため、捕まる(逮捕される)可能性は低いと思っていて良いでしょう。
ただし、本記事で解説しているとおり、必ずしも罪が免除されるわけではありません。条件次第では、罪に問われる可能性もあるため注意しましょう。なお、窃盗罪に問われた場合の法定刑は「10年以下の拘禁刑もしくは50万円以下の罰金」です。たとえ親族であっても、人のお金を窃取するのは絶対にやめましょう。
Q.別居中の親族の物を持ち出した場合はどうなりますか?
A.直系血族であれば、親族相盗例の対象となる可能性があります。
直系血族とは、親や祖父母あるいは子や孫など上下のつながりのある血族を指します。この場合は、別居中であっても親族相盗例の対象となるため、被害者からの告訴がなければ罪に問われることはありません。
Q.返金すれば不起訴になりますか?
A.親族間の財産犯であれば、その可能性が高いです。
そもそも、親族相盗例が適用された場合は被害者からの告訴がなければ罪が免除されます。そのため、返金をしたうえで示談交渉を成立させておけば、告訴が取り下げられ、結果として不起訴となる可能性が高まります。
なお、示談交渉は親族間であっても弁護士へ依頼をしたほうが確実性が高いです。自分自身で示談交渉を行うことも可能ですが、思わぬトラブルが発生する可能性もあるため注意しましょう。
Q.告訴は取り下げることができますか?
A.告訴の取り下げは可能です。
告訴の提出や取り下げは、被害者が自由に行うことができます。加害者側の親族から謝罪があった、返金があったなどの理由から告訴を取り下げたい場合は、告訴を提出した警察署へ行って「告訴を取り下げたい」と伝えましょう。
Q.民事責任は残りますか?
A.形を免除されても、民事的な責任は残ります。
刑事と民事は別で考える必要があります。親族相盗例は、あくまでも刑事罰を対象とした制度であるため、民事的な責任は残ります。つまり、親族相盗例によって刑を免除されたとしても、民事的な責任は残り、裁判等で確定した場合は返還義務が生じるため注意しましょう。
Q.家族が経営する会社のお金を盗んだらどうなりますか?
A.盗んだ場合は、窃盗罪が成立します。
親族相盗例は、あくまでも「個人」を対象とした制度です。これは「法は家庭に入らず」の原則に基づいているものであるためです。そのため、窃盗をした場合は窃盗罪、詐欺を行った場合は、詐欺罪が成立します。
「家族が経営する会社」は「法人」であり、家族ではありません。よって、親族相盗例の適用外であることを覚えておきましょう。
まとめ
親族相盗例(刑法244条)は、家族間で起きた窃盗・横領・詐欺・背任などの財産犯について、一般の財産犯とは異なる特別な扱いをする制度です。配偶者・直系血族・同居の親族といった近い関係の間で、一定の財産犯が行われた場合には「刑を免除する」可能性があります。
また、処罰へ進めるには原則として被害者の「告訴」が必要になります(被害届だけでは起訴できない場合がある)。もっとも、親族相盗例は行為自体を正当化する制度ではなく、適用範囲も限定的です。
暴行・傷害、脅迫・恐喝、強盗など、財産以外の権利や身体・自由を侵害する犯罪は対象外で、親族であっても通常どおり処罰され得ます。さらに、兄弟姉妹は直系血族ではないため、同居の有無や生活実態によって適用されないケースもあります。内縁関係や離婚後の配偶者も原則として対象外となるため注意しましょう。
仮に刑事処分が免除されたとしても、民事上の返金・賠償義務まで消えるわけではなく、返還や弁償、示談による解決が重要になります。親族相盗例は「家族だから無罪」という誤解が生まれやすい点には注意が必要です。
家族間トラブルが刑事事件化しそうなときは、早めに状況を整理し、告訴や示談、返金対応の方針を含めて専門家へ相談することが、不要な拡大を防ぐうえで有効です。